第2話 憧れの彼女

「バーガージャックの新作、めっちゃ美味かったよ!」

「あのチリレモンソースのやつ? なんか微妙そうで食べてない」

「違うんだって。あのソースをポテトにつけるのがいいのよ」


 でもなあ、こうやって近くで話してるの聞いてると、やっぱり憧れるよなあ……。


 別に話の中心になりたいわけじゃない。何か自分から話したときにちゃんと話を聞いてもらったり、ツッコミ入れたり入れられたり、ときには相手から色々悩み相談してもらえたり、そんなコミュニケーションができれば、それ以上は望まないのに。


 普通に話せるはずなのに、環境のせいでコミュ障になった、養殖のコミュ障。当然、友達ができるはずもない。


 ああ、せっかくカラオケ無双でバラ色になるはずだった高校生活が、無口&ぼっちポジションで泥色に塗られていく……。まあカラオケもさっぱり上手くならなかったけどね。声は良いって褒められたことがあるけど、歌は普通だ。


「ねえ、鷺沼さぎぬまさんはあのバーガージャックのやつ食べた?」


 グループの一人の女子が、通りかかった鷺沼よしのさんに声をかける。彼女は、明るい茶髪をふわっと揺らしながら「ん?」と振り返った。


「あのレモンのヤツ? うん、食べたよ! アジアンテイストで美味しかった! タイっぽさがあるよね」

「えっ、桜さん、タイ行ったことあるの?」

「ふふっ、ない! でも、いつか行ってみたい国の第三位なの」

「うわっ、一位と二位気になる!」


 そしていつの間にか、彼女も仲間に入り、ランキングが発表され始める。



 そう、俺は彼女みたいになりたかった。



 つい先週の選挙で生徒会長になった鷺沼桜さん。学年トップクラスの成績で、陸上の短距離でも県大会出場という、全国の高校生が目標にすべき文武両道。


 しかも、女優やモデルとしてもやっていけるほどの長身で美人ときている。

 ライトブラウンのセミロングはパーマを当ててるので、うごくたびに踊るように可愛らしく揺れる。ぱっちりした目に、ハリウッド女優のように綺麗な形の鼻、リップ要らずのピンク色の唇。


 そして性格も快活だ。いつも元気だし、話も上手だし、笑顔はかわいい。天はいったい何物なんぶつを与えたんだ。


 男子からの人気はもちろんだけど、同性からも人気があるのがすごい。クラスどころか、学年、いや、学校全体で人気者で、みんなが親しみを込めて「桜さん」と下の名前で呼んでいる。


 まあ、名前の響きが素敵で呼びたくなるというのもあるかもしれないけど。桜と書いて「よしの」とは本当に風流だ。


 ううん、冷静に考えると、勉強も運動も普通だし人望も特にない俺が「彼女みたいになりたい」なんてだいぶ烏滸おこがましい気がしてきたぞ……桜さんが同じクラスにいるっていう幸運だけで良しとするか……。


 いいや、でもせめて話したい! みんなとたくさん話したい! 急にべらべら喋りだしたら「押し入れにしまってた人形が喋った!」くらいの反応されそうだけど!


 その場で話を聞いてるのが辛くなって、廊下に出ようとすると、誰かが後ろから早足で追い抜いていった。


「ねえ、六久原君」

「あっ、えっ、桜さん」


 急に声をかけられて、めちゃくちゃ動揺する。俺が意図的に黙っていることを知ってか知らずか、彼女はこうしてたまに話しかけてきてくれる。

 これ、大丈夫? 担任から「あいつ、孤立してるから面倒見てやってくれ」とか言われてない?


「六久原君は、さっき話に出てたレモンチリソースのバーガー、食べた?」


 うわっ、真正面から見ると本当に綺麗な顔立ちだ。夜、お風呂の代わりに柔軟剤に浸かってるんじゃないかっていうくらいフローラルな香りがして、心臓の鼓動が速まる。


「ううん、まだ食べてないんだ。週末にでも行きたいなと思ってるんだけど」

「そっか、結構おいしいからオススメだよ! あと、ドリンクは期間限定の夏みかんソーダ飲んでみて!」


 そんなに楽しそうに言われると、どうしたって行きたくなってしまう。そして、俺のことを無口キャラにしないで話しかけてくれるのもありがたい。

 それにしても、学校で話す機会が少ないから、どうしても声が上擦るな……。


「うん、ありがと。今度、食べてみるよ」


 そう答えると、彼女はニコッと笑って廊下に出て行った。


 桜さんと話した、ってだけで嬉しい気分になるなあ……いやいや、六久原千優よ、こんなことで、「桜さんと話した」なんて言っちゃダメだぞ。会話はキャッチボールだって忘れたのか。今の会話、ほとんど桜さんが主導権握ってボール投げてるからな? お前はただミットを構えてるだけだぞ?


「学校でもちゃんと話したいなあ」


 小声で発した儚い願いの呟きは、誰にも届くことなく、ドア近くの柱にぶつかる。そして、これが今日学校での最後の会話になったのだった。

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