雨降る中の吸血 前
「帰るぞ」
「……」
「か・え・る・ぞ」
「……ふんっ!」
エリスは男と向かい合う。この数日ですっかりと見慣れた顔。
──ゾロ・フェアバンクス。
それが彼の名前。
エリス・シェフィールドを拐った男の名前だ。
彼の方がエリスより頭一つ分高い。睨むように見上げながら、彼の両肩に手を添え、そっと力を込めると、彼は仕方なさそうに少しだけしゃがんでみせた。
「満足したら帰るぞ」
「……帰る帰るってさ、別にあそこ、エリスのお家じゃないんですけど?」
「今はお前の住み処でもある。野郎の汚い部屋で悪いな」
「わりと片付いてるじゃない。壁はちょっと黄ばんで、常に煙草くさいけれど」
「……それは、本当に、」
ごめん。そう男が──ゾロが口にしようとした瞬間、エリスは彼の首筋に噛みついた。
「……っ」
噛みつくエリスの口の隙間から、血が少し溢れだし、彼女の喉が音を立てて動いている。飲んでいるのだ──血を。
エリス・シェフィールド、彼女は吸血鬼だ。
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