第32話 思い出の場所

青波あおばくん、どうしたの?」

「皆さんへプレゼントです」

そういうと業者らしき人たちが荷物を持って入ってくる。

「え?これ?どういうこと!?」

なぎさや弟たちが混乱している間に、あっという間に設置された。


「クーラーだー!」


早速リモコンの奪い合いが始まる。

「ちょっとクーラー壊れたらどうすんの!」

渚の一言で落ち着くと、電源の音と共に涼しい風が入ってきた。

「青波くん、こんな高価なものもらっちゃって」

「いえいえ、かいくんの受験勉強を見に僕もここへ来ますから。さすがにこの暑さだと集中できないですからね」

「そう、だよね」

「あ、別に文句を言っているわけではないです」

少し焦った様子の青波の顔が可愛らしい。

「わかってる」

「あと、今日は少しお時間をいただけないかと思いまして」

「今日?」

私が弟たちを見ると、海二かいじがOKと指でサインを出している。

「大丈夫みたい」

「では、一緒に出掛けましょう」

私は薄い水色のワンピースに着替えると、青波と一緒に外へ出た。

「今日は車じゃないの?」

「はい。目立たない約束ですし、今日は一緒に歩きたいんです」

青波は笑顔で歩き出す。

「どこに行くの?」

「今日はお願いがあるんです」

「お願い?」

「渚さんの思い出の場所に行ってみたくて」

「私の思い出の場所…」


広い芝生が青々と茂っている。

夏の暑さなんて関係ないと輝いている。

大きな木が幾つかあって、その下には子供と親たちが楽しそうに話したり、遊んでいる。

「この公園はよく小さい時にきたよ。今も海生かいせいとか海里かいりとか連れてくることもあるけど」

私はベンチに座ると大きく背伸びをした。

「小さい頃の渚さんも可愛かったでしょうね」

「いやいや、お転婆な子だったよ。どろんこになって遊んだりするの好きだったし、航平より男勝りだって言われてたよ」

「そんな姿も愛らしかったでしょうね」

「そんなことないよ」

褒められすぎてなんだか照れてしまう。


「お母さんがよくこのベンチに座ってたな」

いつも笑顔で綺麗な長い髪を靡かせてこっちを見て微笑んでいた。

ベンチを触ると、ずいぶん木が痛んでいる。

「思い出の場所ですね」

「うん。じゃあ次行こう」

私は立ち上がった。


「ここが通っていた小学校だよ」

「へぇ、この学校に通われてたんですね」

「海里や海斗が今は通ってるけどね」

今日は地域開放日で、誰でも小学校に入れるようになっているようだ。

「入ってみよっか」

「はい」

一緒に校舎に踏み入れる。

廊下には子供達の絵が飾られている。

「懐かしいですか?」

「懐かしい・・・と言いたいところだけど、海斗と海里の授業参観とか運動会でちょくちょく来てるんだよね」

「確かにそうですね」

小学生だった時、ここで私も過ごしていた。

航平と喧嘩したりしてた。

「小学校に通ってた時って、私ちょっと荒れてたんだよね。荒れてたって言っても怒りっぽいとかそんな感じだけど」

「そうなんですか」


廊下の窓から外を見ると、校庭で遊ぶ子供たちの姿見える。


「弟たちがうまれるまでは、両親からは渚はプリンセスだよって言われてたんだよね。でも、すぐにどんどん弟が生まれて、プリンセスどころか娘として見てもらえる時間も減って、でもお姉ちゃんはすごいね、えらいねって言われるから頑張るしかなくてさ」


「それは辛かったですね」

「でも弟たちのことは本当にかわいいと思ってたよ。ただ頑張るしかなくて、息苦しかった」


「・・・その時、僕が隣にいたかったです」


頭をぽんとなでられた。


「僕にとって渚さんはプリンセスです」

「・・・ありがと」


空を見上げると、少しだけ心が軽くなった気がした。


「ここが中学校。かいと海二が通ってる」

運動場では野球部が練習をしている。

「まぁ少し前までは通ってたから、さすがに懐かしさはないな」

私がそういって笑うと、青波もにこっと笑った。

「中学生の時は部活とかしてたんですか?」

私は首を振った。

「お母さんが死んじゃったからね。おかしくなっていくお父さんを支えながら、家事やって弟たちの世話で精一杯。特に海生は3歳でまだまだ手がかかる時だったから」


「・・・渚さんも辛かったですよね」


「うん。お母さんのこと大好きだったから」


カッキーンといういい音がして、バットに打たれたボールが高く上がっていく。


「わっ・・・」

ワーワーという歓声が当たる中、バッターが走って、ベースを回っていく。

「すごいね」


ボールから視線を青波へ移すと、グッと腕を引かれた。

ぽすっと青波の胸の中におさまった。


「あ、あの青波くん・・?」

「すいません。・・・でも、少しだけ抱きしめててもいいですか」


青波の心臓の音が聞こえる。


「えっと、あのその・・・」

青波はそっと身体を離すと、「お茶でも行きましょうか」と言って手をつないだ。


「美味しい」

カモミールティーのいい匂いが広がる。

「ここはカモミールティーが美味しいお店なんです」

店の中はカントリー調で落ち着いた雰囲気だ。

「蜂蜜のレアチーズケーキも美味しいんですよ」

そう言って青波はレアチーズケーキを頼んだ。

ケーキは青波が言った通り、甘すぎず優しい甘さだ。

「美味しい」

「良かったです。これからも美味しいお店にたくさん一緒に行きましょう」

「そうだね」

「あの、渚さん」

「はい」

「あのこの前の旅行の時の・・・がくくんの・・・」

「うん」

「返事はしたんですか?」

「してないよ。というか、あの日以来会ってなくて」

「そうですか」

「あの、でも断るつもりだよ。私は青波くんと、ね、婚約してるし」

「・・いえ、前もお話しましたが、渚さんを縛るつもりはないんです。渚さんの素直な気持ちで返事をしてあげてください」

「…うん、わかった」

青波の手が少し震えている。

「青波くん、私ちゃんと返事するから。…青波くんにも」

青波は「はい」と小さくつぶやいた。

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