第30話 美人の正体

パラソルの下で海生かいせいとのんびりと海を眺める。その先で弟たちがはしゃぎながら遊んでいる。

未成年だけで海は不安だったが、がくが雇ったライフセーバーが待機していて、私の出る幕もない。

「見てー」

海生の方を見ると、小さな山にトンネルが掘られている。

「すごいじゃん」

私がそう言うと嬉しそうに笑って、さらに道を作って遊んでいる。

海生は海が怖いと言って、足先入るだけでギブアップしてしまった。

ぼんやりとしていると、青波あおば海斗かいとが上がってきた。

「はい」

私が水を渡すと、2人とも嬉しそうにゴクゴク飲んだ。

「少し休憩した方がいいと思いまして」

青波は私の隣に座り、海斗は海生と砂で遊び始めた。


波の音と弟たちのはしゃぐ声が聞こえる。


「落ち着きますね、海の音は」


青波は海を見ながらそう言った。

その横顔は鼻筋が通っていて、美しい。

思わず、顔を背けてしまった。


「あ、あの聞きたいことがあるんだけど」


私は青波の方に向くと、正座して俯いた。


「はい」

青波も正座に座り直してこちらに向いた。


「実はこの前オシャレなカフェで…その…見てしまって…」

「何をですか?」

「あの…その…綺麗な…女の人と歩いてるとこ」

青波は少し考えて、何か思い出したのか笑い出した。

「え?!なんで笑うの?」


「すいません。あれは僕の叔母です」


「叔母さん!?」

「はい、母の双子の妹です」

「だって、すごく若くて」

どう見ても20代くらいにしか見えなかった。

「よく間違われるんですが、叔母はもう40を超えています。叔母は母がいない私のことを気にかけてくれるんですよ」

「そう・・なんだ」


「心配しました?」


青波が少しいたずらな顔をしている。

「別に・・心配とかないけど」


「安心してください。僕は、渚さんしか見てませんから」


青波が私の手をとった。


「ただ僕はあなたの心を縛る気はありません。大森君のことも気になっているのではありませんか?」


核心を突かれて胸がどきっとする。


「そんなことないよ!こ、航平はただの幼馴染で・・」


「僕はあなたが好きであなたを助けたくて、やりたくて金銭面も援助しているだけです。それであなたに好かれたいと思っているわけじゃない。・・・もし渚さんの心に迷いがあるのなら、僕を見てくれるように頑張ります」


「青波くん・・・」

「僕はあなたに幸せになってほしい。出来ればその幸せにする男が自分でありたい。そう思ってるだけです」

青波の瞳が真っすぐこっちを見ている。

ここまで自分を思ってくれる人なんてこの世にいるのだろう。

「青波くん、私―」


「青の兄ちゃん!」

海斗が間に入ってきた。

「・・・海斗、どうしたの?」

真剣な目をして青波を見ている。

「海斗くん?」

「・・・勝負する」

「心が決まったんだね。わかった」

青波は頷くと、海斗の手を取って海方へ歩いていった。


「じゃあ、今回の旅行での最後の対決は、水泳対決!」

別荘横のプールでビーチフラッグの時と同様にチーム戦で対決することになった。

「青波チームは、かいと、青波、海斗、岳チームは海二、岳、海里の順番な」

両者ともに了承と頷いた。

「海斗、海里、この勝負で決着着いたら、仲直りするって約束して」

私がそういうと、海斗も海里も頷いた。

海と海二がスタート台に立つ。

「次は負けねぇ」

「2番は名前だけでいいよ」


海生がプールサイドに立つと、大きく息を吸った。

「よぉぉおい、どおおーん!」


海生の声で一斉にプールへ飛び込む。

さすが運動神経のいい二人だ。

あっという間に25m泳いで、折り返してくる。


青波と岳がプールサイドに立つ。

青波は海斗に胸に拳を当てて、サインを送ると、海斗は大きく頷いた。


タッチの差で海二が先にタッチして、岳が飛び込む。

続いて青波も飛び込み、泳ぎ始める。

接戦でほぼ同時に二人も25mを簡単に折り返す。

「すごい・・・」


そして同時に泳ぎ切って、海斗と海里が泳ぎ始める。

海里の方が少し早いが海斗の泳ぎもかなり上達している。

前なら25mなんて泳げそうになかったが、なんとか泳いでいる。

25mを折り返す。

少しずつ海里との差が開いていく。

海斗の身体が最初より沈んでいるように見える。

「海斗!頑張れ!」

青波が大きな声を出した。

海斗の身体が沈みそうにながらも足をつかずに前に進み続けている。


「ゴール!」


「海斗くん、よくやったよ!」

青波が海斗の頭をくしゃくしゃとなでた。

「でも負けちゃった」

海斗は悔しそうに顔を伏せた。

「確かに勝てたら最高だけど、大事なのは努力した過程だと思う」

「でも…悔しい」

「なら次は勝てるようにもっと練習しよう。付き合うよ」

海斗は顔を擦って頷くと、海里の前に立った。

「…海里、ごめん」

海里は首を横に振った。

「僕、お兄ちゃんのことすごいって思ったよ。だってあんなに早く泳げるようになってたんだもん。僕も負けないように練習する」

「一緒に練習するか」

海里の顔がぱぁっと明るくなった。

「うん!」

2人でいつものように楽しそうに話し始めた。

これでなんとか兄弟ゲンカは落ち着いたようだ。


「海二」

「お兄ちゃん何?」

「お前の名前の二は2番目って意味じゃねーから」

「え?」

「二は一よりす一本線が多いだろ?一を乗り越えていけ、兄貴に負けるなって意味らしいぞ」

「…名前通りだね」

「うるせー」

海二はニヤニヤしながら、ふざけて海に肩をぶつけた。


「なんとかみんな仲直りできたみたいだな」

やれやれと言った感じで航平がつぶやいた。

「航平、ありがとうね」

「いえいえ」

「これからも大変なんだろうなぁ」

「まぁ男5人もいればな。でも」

「でも?」

「俺がちゃんとサポートするから」

「…ありがとう」


この関係にもいつか答えを出さなければいけない。

海の方を見ると、夕陽が沈んで暗くなり始めていた。

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