第28話 旅行の始まり


「それは大変だな」

航平こうへいは大きな声で笑った。

「もう笑い事じゃないんだからね」

私が口をとがらせると、ごめんと言いながら航平は荷物を持ち上げた。

旅行まであと1週間となり、色々足りない物を買いにショッピングモールへ来た。

1人で持ちきれないので、荷物持ちで航平にも来てもらったのだ。

海斗かいと海里かいりももう小学生だし、大丈夫だよ」

「そんな簡単に言わないでよー絶対もめて泣いて面倒なことになるに違いないもの」

「確かに揉めそうだよなぁ、久遠と津久井が」

航平は少し考えるように顎を手を添えた。

そしてニヤニヤしながら言った「いい作戦思いついたよ」


そこからも海斗と海里のケンカは止まらず、海斗は青波とお出かけし、海里は家に岳を招いて家でゲームをしていた。

「うちに入り浸るのやめてほしいんだけど」

私がそういうと、貧乏飯と言っていたくせに炒飯が美味しかったのか、綺麗に食べて終わっている。

「まぁいいじゃねぇか。友達、だろ?」

「友達・・・?」

初めて会った時に暴言を吐かれ、認めないと言われて、勝負させられて・・・

「・・・違うけど?」

「お、おい!」

「岳兄ちゃんは俺の友達だよ!」

海里はそういって岳に飛びついた。

「海里・・・お前いい奴だな」

ぎゅっと海里を抱きしめて、そのまま抱っこした。

「そういうわけだ」

「そういうわけって」

「海里の友達なんだよ、俺は」

「海生もー!」

「そうだな、海生もだな」

そう言って二人を抱き上げると、奥の部屋に行ってしまった。

津久井は子供が苦手というようなことを言っていたのに、気づいたらあんなに仲良くなっているとは。

次から昼食代だけはもらおうと心に誓って、洗い物を始めた。


「なんかあった?」

航平は少し驚いた顔でこっちを見ている。

「いや、バタバタだったから」

自分でも顔がやつれているのがわかる。

海生のおねしょから始まり、海と海里が荷物を鞄に詰めていない、海斗が牛乳をひっくり返す・・・いつものことながら、家を出るまでが戦争のようだ。

「ここからは俺もいるから大丈夫。それに・・・」

航平が自分の鞄を指差した。

「ちゃんと準備してきたからさ」

「ありがとう」

「思いっきり楽しもうな」

航平がぽんぽんと私の頭を撫でた。

航平のニカっと笑った顔に思わずドキっとしてしまう。


「ん・・・?」

なんだか不穏な視線を感じる。

振り返ると、岳がこちらをじとーっと睨んでいる。

「岳の兄ちゃん!」

海里はそんなことを気にする様子もなく、駆け寄って早速飛びついている。

「海里―!おはよう」

岳もすぐに笑顔で応えると海里を抱き上げた。

「海生もー!」

海生もしょっちゅう来るので岳になついている。

「あんなにいつ仲良くなったんだ?」

航平が目を丸くさせている。

「ここ最近しょっちゅう家に来るのよ・・・また後で説明する」

岳は二人を半分抱きかかえながら、ずんずんこっちに向かって航平と私の間に入り込むように立った。

「バスはあっちだ」

岳が指差した方を見ると、バスが用意されている。

乗り込むと椅子がソファになっていて、かなり過ごしやすそうだ。

「すげぇ!」

弟たちが興奮しながら乗り込んでいく。

「こんなバスあるの?!」

私が驚いて尋ねると、「ふん」と鼻を鳴らした。

「あるわけないだろ。今回のために俺が用意したんだ」

「そうなの!?なんかありがとう」

「べ、別にお前の為じゃない。海里の為だ」

「ほんとー?」

海里は嬉しそうに岳の腕に絡みついている。

それをみて海斗は頬を膨らませている。

「青の兄ちゃんは?」

「青波か?あいつは現地集合だ」

海斗の頬がさらに膨れたところで、バスが出発した。

いよいよ2泊3日の旅行が始まった。


2時間ほどバスに乗って、岳の別荘のある海辺の町に着いた。

バスを降りると、雲一つない空に、大きな海が見える。

「わー!海だー!」

弟たちのテンションが一気に上がって、海に向かって走り出した。

「ちょっと待て!」

航平が海生を抱いて追いかけていく。

「ちょっと!まだ海には入らないでよー!」

私の声など一切聞こえていない様子だ。

でもこれだけ綺麗な海をみたら、走り出したくなる気持ちもわかる。

「おい」

振り返ると、岳が立っている。

日傘をこっちに差し出している。

「お、女は日に焼けたくないんだろ?」

「ありがとう」

素直に受け取ると、岳は「ふん」と言ってそっぽを向いた。

バスを改造して用意してみたり、日傘を準備したり、岳なりに私に気を配ってくれているのがわかる。

弟たちも楽しそうにはしゃいでいる。

「ねぇ、津久井君」

「なんだよ」

「旅行、誘ってくれてありがとうね」

改めて再度お礼を伝えると、「別に俺が行きたかっただけだし」ともう日焼けをしたのか顔を赤くさせていた。


ふと辺りを見回すと、いつもの青波あおばの車がスっと前に停まった。

「渚さん」

車から降りてきた青波はいつものブランドの服ではなく、庶民的な服装だ。

「なんか雰囲気違う?」

「今日は思い切りみんなと遊べる服で来ました」

そういうと、海に向かっている弟たちを見つけて、駆け寄っていく。

「青の兄ちゃん!」

みんなで楽しそうにみんなではしゃいでいる。

今日はこの後、早速BBQの予定だ。


「海!これ持って行って!」

「海二!海生が火を触らないように見てて!」

「海里!海斗!喧嘩するなら、火に当たったら危ないから離れなさい!」

(これじゃいつもと変わらないな)

むしろ、旅行でテンションが上がっているので、私の話を聞いてない。

野菜や肉を私が切って、航平がそれを焼いて皆に配っているが、どんどん胃袋に吸収されていって満たされる様子がない。

青波と岳も手伝おうとしてくれたが、全く役に立たなかった。

青波や岳は普段世話をしてくれる人がいるせいだろうか。

岳はいつまでもめくれるといって玉ねぎを半分以上めくっていたし、青波がピーマンを石鹸で洗おうとした時には頭がくらくらした。


「やっと終わった・・・」

食べ盛りの男の子が8人の胃袋が落ち着いた頃、やっと席に座って食べようとすると、お肉が冷めている。

「肉がぁ・・・」

それでも高い肉は美味しい。

熱かったらもっと美味しかっただろうなと思いながら、食べていると、海里と海斗の言い合いが聞こえてくる。

「ちょっとどうしたの!?」


「だって!海里が!」

「だって!海斗が!」


「もう旅行に来てまでケンカしないでよ、ね?」

二人ともぷいっと逆を向いてしまっている。

「あのね・・・」

私が怒ろうとすると、航平がそれを制して、ニヤっと笑った。


「海里、海斗、ゲームで勝負をつけよう!」







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