第23話 好きな人は誰?

「こっちよ」

百合子ゆりこさんが手を振っている。

航平のお母さんのことは百合子さんと呼んでいる。

かいが幼い頃におばちゃんと呼んでしまって、半泣きになったことがある。

それ以来うちでは全員百合子さんと呼んでいる。

百合子さんは元ヤンだそうだ。今その面影は微塵もない。

百合子さんは目が大きく童顔で、もう40代後半だが30代にみえる。

優しくて料理が上手で、私にとって憧れの女性だ。

特に母が亡くなってからは気にかけてくれていて、よく様子を見に来てくれている。


「百合子さん、遅くなっちゃいました」

私が声をかけると、嬉しそうに手を握った。

「そんなことないわよ。まだ集合時間の10分前よ。私がもう楽しみすぎて早く来すぎちゃった」

「私も楽しみにしてました」

「それは良かったわ。じゃあお買い物にいきましょ」

百合子さんは私の手を引いててウキウキとショッピングモールに入った。

以前青波あおばとデートで来たことがある場所だ。

「今日は女の子のお母さんの気持ちを味わっちゃうわよ」

そういっておちゃめに笑った。


「こんなにいいんですか?」

ランチのパスタを食べながら、百合子は「もちろんよ」と言って笑った。

「今日はなぎさちゃんとお洋服を選んでそれを買ってあげようと思って、パートめちゃくちゃ頑張っちゃった」

嬉しそうにたくさんの紙袋を見つめた。

百合子さんの優しさが胸に染みる。自分の洋服を買うのなんて1年ぶりだろうか。

「ありがとうございます」

私が頭を下げると、百合子さんはゆっくり首を振った。

「何言ってんの。娘は母親に甘えるもんよ。そして母親は頑張り者の娘のことは甘やかすものなの」

「百合子さんにはいつも助けてもらってばかりです」

「私が好きでやっているし、それにね・・・あなたのお母さんに頼まれたから」

「母に・・ですか」

「あなたには秘密って言われたけど、もう4年経つもの・・・いいわよね」

百合子さんは手元の水が入ったコップの縁を撫でた。

「お母さんはあなたのことを気にかけてた。弟のことは渚がちゃんと見てくれるだろうけど、あの子のことは甘えるのが苦手だから心配だって。私がいなくなった後は渚をお願いって」


優しい母の笑顔が思い浮かぶ。

いつだって私をお姫様扱いしてくれた。


「あなたのお母さんはいつだってあたなのことを心配してたわ。うちの姫は我慢強すぎるからって」

百合子さんがそう言って笑った顔が、母と重なる気がした。

「お母さん・・・」

カモミールティーの匂いがふわっと香った。


その後は百合子にリクエストされて、買ったばかりの服に着替えて買い物を楽しむことにした。

薄いピンク色のワンピースにブラウンのカーディガンを合わせている。

学校以外は、基本は動きやすいズボンなので少し照れくさい気がした。

「いいじゃない!さすが私のセンス」

自画自賛しながら百合子は私の頭を撫でた。

「さ!まだこっからよ」

そういってまた私と腕を組むと、歩き出した。

すると、少し離れたところから子供の泣き声が聞こえてくる。

なんとなくそちらを見ると、男の子が母親に向かって泣きながら駆け出しているところだった。

「かわいいね」

「はい」

そう言えば、青波とデートした時迷子の子と母親を探したことがあった。


(青波、一生懸命に探していたな)


あの時、青波は私とは金銭感覚違うし、かなり天然だけど、いい人なんだなってことはよくわかった。


「渚ちゃん、今何考えてたか当てようか?」

「え?な、何も考えてないですよ」


「好きな人のこと考えてたんじゃない?」


ドキンと胸が痛む。

自分の頬に触れると、熱くなっている。

「そんなわけ・・」

否定しようとすると、余計に鼓動が速くなる。

「正解でしょ?」

「違いますよ」

「そうかなぁ。航平のこと考えてるのかなって思ったんだけど」

そういって百合子はいたずらっぽく笑った。


(私どんな顔してたんだろ・・・)

たくさんの紙袋を自転車のカゴに入れ、帰り道にそんなことを考えていた。

家まで送ると百合子さんは言ってくれたが、なんとなく一人で考えたい気分になって丁重にお断りした。

もう17時なのにまだ日差しがきつい。

早く帰ってご飯を作らないといけないのに、もう少しゆっくり考えたい気分になって少しだけ遠回りして帰ることにした。

普段通らない道を行くといい気分転換になる。

(そういえば、ここ曲がるとオシャレなカフェがあるんだよね)

住宅街の中に古民家風のカフェがある。

行ったことある友人によるとカフェは森のような木々に囲われていて、外の道路とか建物が見えない設計になっているので、まるで別世界のような気分になれるという。

行きたいとは思っているが、値段が少しお高めなので今の自分には行けそうにない。

「少し覗くくらいいいかな」

私は自転車で店の前をゆっくり通ろうとした時、見たことのある高級車が目に留まった。

(青波くんの車?)

青波がカフェに来ているのだろうか、そう思ってなんとなく車に近づこうとした時、車の扉が開いた。

青波が出てきて、手を振ろうと思ったら、青波は気づいていないようで、逆側の扉を自分で開けていた。


そこから美しい女の人が降りてきた。


思わず息を呑んだ。

かなり美しい女性だ。

年齢は私より少し上だろうか、ふんわりしたペパーミントのワンピースを着ている。

青波は女性の手を取って、そのままカフェまでエスコートしていった。

私はその姿に背を向けて、全速力で自転車を漕いだ。


あれはきっと見間違いだ、そう思おうとしたけど、私の記憶力は正常で、むしろはっきりと思い出すことができる。

あの後、家に帰ってからなるべく考えないようにしようとしていたら、気づかないうちに大量の料理を作っていて弟たちは目をまるくしていた。

週が明けて、今日からテストの返却が始まる。

それもかなり気が重い話だが、それ以上に青波の顔を見ることの方が辛い。

とはいえ、学校にいかないわけにはいかない。

海生かいせいを自転車に乗せると、保育園に向かった。

「ねえね」

自転車に乗った海生が話しかけてくる。

「うん?どうした?」

「今日りほちゃん来てるかなぁ」

りほちゃんは最近海生が恋している女の子だ。

「風邪でお休みしてたんだよね?もう来てるんじゃないかな」

「今日ね、りほちゃんにお花あげるの」

「お花?」

そう言えば昨日海生が海二たちと何か折り紙をしていたのを思い出した。

「折り紙のお花?」

「うん」

嬉しそうな声で返事をすると、「りほちゃんに会いたい」と言った。

「そっか。来てるといいね」

保育園に着いて、自転車から下すと、ちょうどりほちゃんが来ていて、海生はこちらを振り返ることなく走って保育園へ入っていった。

思わず微笑んでしまう。


好きになるとあんな幼い子でも大人でも同じなのだ。

好きな人のために何かしたい。

好きな人に会いたい。

周りが見えなくなって、好きな人だけを見つめてしまう。

幼いからこそ純粋で気持ちのまま動けるのだろう。


(私は誰を好きなんだろ・・・)


自転車にまたがると、高校へ向かった。

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