第15話 渚の笑顔

近くの公園へ行くと、子供たちがまだ遊んでいる。

「帰るよー」という母親たちの声に子供たちが、嬉しそうに走っていく。


「俺らもあれくらいの時、よく公園で遊んだよな」


ベンチに座ると、航平こうへいが「ほい」と缶ジュースを差し出した。

「ありがと。あの頃が懐かしいね」

プシュッと缶を開けると、一口飲む。

冷たい飲み物が喉を通って気持ちいい。

「また最近何か悩んでんじゃないの?」

「そんなことないよ~、どうして?」

なぎさはわかりやすいから」

航平は笑うと、それ以上は何も言わない。

風で木の枝が揺れ、サワサワと音がしている。

「公園で遊んでた時、渚が転んで捻挫したの覚えてる?」

「そういや・・・そんなことあったね」


5歳ごろだっただろうか。

その頃、両親はかい海二かいじのお世話が大変で、なかなか私は遊びに行けなかった。

その様子を見かねて航平の母が航平を公園に行くときに私も連れて行ってくれた。

早速公園で航平と追いかけっこをしていた。

たまにしかいけない公園が嬉しくてはしゃいでいたように思う。

そのせいで思いっきりこけてしまって、捻挫をしてしまった。

「大丈夫!?」

航平が心配そうな顔をしている。

航平の母もすぐに気づいて、駆け寄って抱き起こしてくれた。

「大丈夫!」

私は笑顔でそう答えた。

もしケガしたとバレたらもう公園に連れてきてもらえないかもと我慢してしまったのだ。

「渚ちゃん、我慢したらダメよ」

航平の母はそのまま私を抱きかかえ、病院に向かった。

結果捻挫をしていたという話だ。


「渚が処置してる間、待合室で母さんに言われたんだよ」

「何を言われたの?」

「渚ちゃんは我慢しちゃう子だから、あんたがちゃんと見てなきゃダメよ。あの笑顔は無理してる笑顔なの、覚えときなさいねってさ」

「おばさん、そんなこと言ってたんだ」

「それ以来、渚の顔見たらわかるようになったよ、我慢してるなとか本当に楽しんだなとか」

「・・・今はどんな顔?」

航平がまっすぐにこちらを見た。

「我慢してる顔」

航平は少し笑って、ぽんぽんと頭に手を置いた。

「俺じゃ力になれない?」

「そんなことないよ。ただ・・・私の中でもまだまとまってないというか・・・なんて話せがいいのかわからなくて」

「わかった。じゃあ話せるようになるまで待ってるよ。ただ一つだけ約束して」

「約束?」

「すべてを一人でかかえこまないこと、無理はしないでほしい」

「2つじゃん」

「ほんとだ」

少し笑って「じゃあ2つ守って。約束」といって、自分の缶ジュースを私の缶ジュースに軽くぶつけた。


「暑いな・・・」

夏も本格化してきていて、夜も暑い。

クーラーがない我が家にとってこの暑さはかなりつらいものがある。

弟たちの寝息が聞こえる。

ぐっすりと寝ているようだ。

海二のことを考えるとなかなか眠れず、やっと眠れたというのにこんな早朝に目が覚めるとはたまらない。

よく見ると扇風機の電源が切れている。

「もう」

仕方なく、扇風機に手を伸ばそうとすると、誰かが靴を履くような音がして、その後すぐ家の扉が閉まる音がした。

弟たちを見ると、海二がいない。

またあの女の子に会いに行ったのかもしれない。


長引かせていいことはないし、いよいよ本格的に何とかしないといけない―


そう思うのだが、どうにも現実になってしまうのが怖くて本人に聞けない。

しかも海二は普通に生活をしていて、あの後も帰ってきたところを捕まえて「何してたのか?」と聞くと、「ランニングだよ」と言ってさっさとお風呂に行ってしまった。


花の女子高生とは思えないほど、ため息ついているよなと思いながら、またため息をついた。

教室ではクラスメイトが楽しそうに話している。

私もあんな風に楽しく過ごせたらいいのになとぼんやりとクラスの様子を眺めていると、ポンと頭を叩かれた。

「おはよう」

「航平」

「今日も朝からため息ついてんの?」

「あー、うん、でもまぁ大丈夫」

「・・・約束は?」

「一人で抱え込まず、無理はしない、だっけ?」

「その通り。俺に嘘は通じないって。何があった?」

「あの、実はね・・・」

話そうとした瞬間にチャイムがなり、授業が始まった。

タイミングが悪い。

その後も体育などで移動もあり、なんとなく話せないままになってしまった。


そしてこの日からさらに悩みの種が増えた。


(避けられてる・・・?)


青波あおばがなんだか私を避けているようなのだ。

教室や廊下ですれ違う時、妙に距離をとられている。

一度落としたハンカチを拾って渡そうとした時も、「ありがとう」と言ってサッと受け取って去っていった。

学校では知り合いとばれたくないといったせいだろうか。

もし嫌われてしまったのなら一大事だ。

私たちの今後の生活に大きな影響がでる。

謝ればいいのだろうか。でも何に対して?と自問自答しながら、帰っていると、トントンと肩を叩かれた。

「渚、そろそろ話しできそうじゃない?」

航平が笑顔で立っていた。


翌朝、航平に言われて海二の後をつけることにした。

早朝から家をでる海二をこっそりとつける。

しばらくすると河川敷に降りて行った。

(こんなところで彼女に会うのかしら・・?)

そう思っていると、事前に連絡しておいた航平もやってきた。

「女の子が来たらそこで事実を確認しよう」

「・・・うん」

どんなことになるのだろう、不安でいると、航平がそっと手を握ってくれた。

「一緒に考えるから」

私がうなずくと、航平もうなずいた。

その後すぐに女の子がやってきた。

あの時の女の子だ。

「よし、行こう」

航平に言われて立ち上がった時、もう一人男の子がやってきた。


「ちょっと待って、あれって」

久遠くおんくん・・・?」


青波がニコニコしながら二人に駆け寄っていくところだった。


「・・・どういうこと?」

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