金と恋には無理がある。
月丘翠
第1話 貧乏なお姫様①
「ねぇ、お母さん、
渚は布団の中で横になりながら、母が持つシンデレラの絵本を指差した。
母親は「今でも渚は私たちのお姫様よ」そう言って幼い渚の頭を撫でた。
「そうだな、渚は俺たちのお姫様だ」
父親に頬ずりされて、髭が痛いと渚は頬を膨らませた。
「でも、弟が生まれちゃうんでしょう・・・」
渚は寂し気な顔で、母親の大きなお腹を撫でた。
「渚は弟が生まれるの嫌?」
渚は首を横に振った。
「楽しみ?」
渚はコクリと頷いた。
その姿をみて安心したように、母は優しく微笑んだ。
「弟が生まれても渚は私たちのお姫様よ。それは絶対忘れないでね」
「そうだぞー!俺らのお姫様は渚だけ」
両親に抱きしめられて、渚は満たされた気持ちでいっぱいになった。
□■□
「痛ッ」
何かがお腹にぶつかってきて、思わず声が出た。何事かと少し体を起こして見ると、誰かの足がお腹にのっている。
「もう・・・
海斗は小学5年生だ。
昔は一緒に寝ていても邪魔にならないくらい小さかったのに、今は私の身長に近くなってきている。
海斗を元通りの布団に寝かせて、隣を見ると
「海里・・・」
海里は小学3年生だ。元気いっぱいで、最近はいたずらも多くて手を焼いている。
寝ていると天使のように可愛らしいのだが。
時計を見ると、5時を指している。
「そろそろ起きなきゃいけないか・・・」
大きな欠伸をしていると、つんつんと背中をつつかれる。
振り返ると、
「海生、どうしたの?・・・も、もしかして」
慌てて海生の寝ていた布団を見に行くと、ぐっしょりと濡れている。
海生は5歳になるが、なかなかおねしょが治らない。
やはり、母親がいないせいだろうか。
母親は4年前、事故で亡くなった。
母はすごく綺麗な人だった。
美人薄命を体現したような人で身体が弱く、家で寝ていることも多かった。それでも母が生きている、そばにいるというだけで家族の心の支えになっていた。
何より母は心が綺麗な人で、ポジティブだったからどんな困難があっても母に相談すれば心が晴れた。
私も弟も何かあれば母に相談し、頭を撫でてもらえればどんなことも大概忘れられた。
そんな母が亡くなったのが海生が1歳の時だからほとんど記憶はないはずだが、やはり母親の温もりが恋しいのだろうか。
海生は目を潤ませてこちらを見ている。
「大丈夫。明日、おねしょしないようにがんばろ」
そういって海生の手を引いてお風呂場に行って洗い、新しい下着を出した。
「姉ちゃん、俺が海生の着替えやっとくよ」
海二はこの春に中学2年生になった。いつも私の手伝いを率先してくれて、中学へ上がってからは何でもできるようになって一番頼りになる。
「ありがとうね。じゃあシーツの洗濯もお願いしていい?」
「おっけー」
そろそろお弁当や朝ご飯を作らなければならない。今日はアルバイトがあるので、晩御飯の準備も必要だ。
眠い目をこすりながらキッチンへと向かう。
炊飯器を開けると5号の米がふっくらと炊き上がっている。
この量も1日でなくなるのだから、いつも家計は火の車だ。
ウィンナーを転がし、卵焼きを作り、冷凍のお弁当のおかずをチンしていく。
そしてその間に朝食用の食パンを焼いていく。
止まることなく、くるくると動き続けて、お弁当、朝ご飯が出来上がって来る。
その頃になると、ご飯の匂いにつられて海斗、海里が起きてくる。
海二と着替えた海生も席に着く。
「あれ?
海二は呆れたように指を差した。
海が布団にくるまって動こうとしない。
「海!起きなさい!」
強めにゆするがなかなか起きない。
「ったく、じゃああんたの朝ご飯は皆で食べるわよ」
そういうと、海はガバっと起きて、「俺の朝飯!」と慌てて席に着いた。
もう中学3年生になるというのに、いつも寝坊してお手伝いもしない。
長男なのだからしっかりしてほしいが、最近は反抗期で注意どころか会話すらあまりできない。
「さ、じゃあご飯食べましょう」
「いただきます!」
声を揃えてそういうと、黙々とご飯を食べ始める。
海生のご飯を食べさせながら、自分もトーストをかじる。
「海、お弁当をちゃんと帰ってきたらすぐに出してよね?洗うの大変なんだから」
海は「ふん」と言って、明後日の方を向いている。
「あのね、海」
注意しようと瞬間に海里が牛乳を倒して、こぼれて机に広がっていく。
「あちゃ!海二、ふきん!」
「うん」
慌てて牛乳を拭いて、濡れた海里にすぐに着替えるように言っていると、もう海は食べ終わって歯磨きをしに洗面台に言っている。
「海!まだ話が終わってないんだけど!」
「姉ちゃん、これ」
服の裾を引っ張られ、海斗に差し出された紙を見ると、ぞうきん3枚の寄付についてと書かれている。
「明日持って来いって書いてあるじゃない。これいつもらったの?」
「この前の木曜日」
海斗はペロッと舌を出した。
「もう1週間以上前じゃないの!もっと早く手紙は出してって言ってるでしょう!今日帰ったら用意しなきゃ・・・」
そんな事を言っていると、海生がヨーグルトの蓋が開かなくて泣き出した。
「ごめんごめん、はい、これ」
ヨーグルトを開けて差し出して、時計をみると7時半を差している。
「やばい!海里、海斗、学校にいく準備しなさい!海二、手伝ってあげて」
「いってくるわ」
海はバタバタしている様子を見て見ぬふりで家を出ていく。
「ったく、手伝いなさいよ。ってそんな場合じゃない、海生食べ終わったらごちそう様しよう」
海生の歯磨きをして、着替えをして、食器を下げて急いで自分も制服に着替える。
「姉ちゃん、行ってくるね」
海二が海里、海人を連れて家を出ていく。
「いってらっしゃい!海二、いつもありがとう」
そして海生を抱っこして家を飛び出す。
自転車の後ろの子供の席に乗せると、急いで漕ぎ始める。
保育園に海生を預けると、急いで高校へ向かう。
髪を振り乱しながら、自転車で必死に漕いでいく。信号が赤になって止まると、周りの女子高生が楽しそうに友人と話している。
髪も内巻きに綺麗に巻いて、スマホ片手に笑い合っている。
「渚ちゃんは私たちのお姫様だよ」
母はよくそう言ってくれたけど、今の姿はお姫様に程遠い。
むしろ、召使のような生活だ。
母が亡くなってから5人の弟たちの世話と家事の一切をやってきた。
自転車のグリップを握る手は、洗い物や洗濯物で荒れてしまっている。
高校3年生の手には見えない。
「青になったよ」
ぼんやりとしてしまっていたらしい。
横を見ると、
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