41話:からかい

 あの子なら怯える必要なんて要らないだろう。

 その思いと知ってる人だった安心感からか声を掛ける。


「ねぇ・・・君あの時の──」


 私の声を聞くや否や酷く驚いた表情かおをして逃げるように去ろうとする。


「ちょっ…ちょっと待って!」


 思わず腕を掴んでしまった。

 掴まれた少女は殺気めいた顔をしながら振り向く。

 確かに殺気を向けているのだがどこか酷く怯えているようにも見えた。


「私・・・ほら、あの道端で水をあげた!」


 それを聞いた彼女はあの時と同じ様に下から上へと顔を動かしじっくりと私を見る。

 そうしたらため息をつきその場に座った。

 どうやら思い出してくれたみたいだ。


「何であんたがこんなとこ居んの?」

「えっと……貴女が宿屋があるって教えてくれたからそれで私───」

「あー…そう言や私が教えたんだった・・・」


 ゆったりとあの出来事を思い出した少女は私が飛び降りた窓をじっと見つめる。

 そしたら突然耳を真っ赤にし足を三角にして座りうつむき始めた。

 窓と彼女を交互に視線を切り替え何故そうしているのかが理解できた。


「ミッ、見てないからね」


 何とかフォローしようとしたが生憎あいにく私は嘘をつくのが得意な方ではなく、最初の一言が裏返った挙げ句視線を外しながら言ってしまう。

 これじゃあ何のフォローにもなっていないな…我ながらそう感じつつもうずくまる少女に目をやると、ギロリと微かに腕の隙間から此方を睨んでいるのを確認できた。


 こっっっわ。

 ナイフを思わせる瞳は怒りと恥ずかしさがごちゃ混ぜに煮詰まったモノであり、下手に触れれば何をされるか分かったものじゃない。

 暫く反省と恐怖の心を行き来しながら正座していると彼女はため息をつきながら体制を変え天を見上げるように座る。

 動いた時思わずビクッてなっちゃった。


「・・・そんなに怯えないでよ・・・・・意地悪したのは謝るから」


 どうやらあの睨みは意地悪のつもりだったらしい。

 それにしては随分と恐怖心を掻き立てられるモノだったけど。


「それじゃ、私はもう行くから早く宿に戻んなよ」


 彼女は立ち上がると草木が作り出す闇へ消えて行こうとする。ここでお別れは何だか惜しい。

 どうせだったらもっと話をしたいものだがどう引き止めれば良いだろうか。

 少し考え焦った結果、一つ考えが浮かんだ。


「待って!えっと……ナイフちゃん!」

「・・・・・はぁ?」


 彼女は首をかしげる。

 止めることは出来た・・・だけど何かツッコミが返ってくるのを期待していたが、あの一言だけが返ってきて何だが一気に羞恥心が込み上げてきた。

 私は耳を真っ赤にし先程までの彼女と同じ様に足を三角にしてうずくまる。


 そうしたらザッザッと此方に足音が近づいてきた。

 音の方向的に彼女なのだろう。

 何か慰めの言葉でもくれるのだろうかと淡い期待を抱いたがそれは一瞬で打ち砕かれた。

 彼女の手がポンと肩に添えられる。


「ナイフちゃん」


 彼女は意地悪な笑顔を向けながら私の発言を鸚鵡おうむ返ししてきた。

 より一層耳が赤くなりもだえ苦しむ。

 改めて聞くと何だナイフちゃんって!からかうにしたってもっと何かあったでしょ私ッ!!


 考えれば考える程恥ずかしくなり手で顔を覆いながらパタパタと足を動かす。

 そうしていると彼女は吹き出し笑い始める。

 そんな彼女を見て私も思わず笑みが溢れた。

 二人して笑い合う。息を切らし落ち着きを取り戻すと彼女は口を開いた。


「久々にこれだけ笑ったよ。あんた名前は?」

「アルシア。"アルシア・ファリナセア"・・・そっちは?」

「私は"イヴ・グラン"気軽にイヴって呼んで」


 私達は黒い絵の具で塗り潰したような空の下で握手をした。

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