20話:闇へ
階段を降りて少し歩くとぼんやりと明かりがついているのが見える。
僕はアデラに追い付こうと走ると意外とすぐに追い付くことが出来、文句の一つでも言ってやろうとすると口を手で押さえられる。
「むぐっ!!」
「黙って見ろ」
僕は息苦しくなり押さえられている手を払う。
「見るって何を?」
アデラが怯えたような目を向け、震える手で指をさす。
さされた指の先に僕は異様な空気を感じとり、額に汗を流しながら目を移す。
そこには瞳孔が開き怯えるような、焦るような表情の中、地震でも起きているかのように震える手でペンを走らせるネフィの姿。
そして一室の中に乱雑と書き殴られた、読み取れないグチャグチャとした斑模様(まだらもよう)に見えるほどの文字が一面に広がる壁や家具が目に映る。
「なんだ…これ……」
思わず口を押さえてしまう。
目の前に広がるその異様な光景を前にして呼吸が荒くなる。
部屋の様子ばかりに気を取られていたがカタンと言う音を聞き我に返る。
目を擦り、もう一度部屋に目を向けるとそこには倒れ込んでいるネフィをアデラが抱えていた。
どうやら僕が動揺している間に倒れるところを支えたようだ。
少し
倒れている彼女を見ると手の近くにはペンが落ちていた。
アデラが言っていた音はその少女が壁等にペンを走らせていた音だったようだ。
「何が書いてあるんだ…?」
壁に近づき何とか読めないかと目を凝らすが解読することは直ぐには出来なさそうだ。
しかし全て読めないわけではない、と言ってもハッキリと読めたところは{れ}{く}この二文字くらいだった。
これではさっぱりと意味が分からない。
一先ずこの壁の事を考えるのは後にしよう、そう思い二人の方に目を向ける。
書き疲れたのかアデラの腕の中でぐっすりと眠っている様だ。
その寝顔はまるで赤子のように穏やかな表情で、すぅすぅと寝息をたてている。
さっきまでの異様な行動を起こしていた少女と同一人物とは到底思えない。
ネフィをこの部屋にあるベッドの上に寝かせ僕達も一息つく。
と言うかこんな呪われたような部屋でよく寝れるな。
並みの人間ならばこの異様な光景に錯乱でも起こし到底寝付くことなど出来ないだろう。
だがこの状況を生んだ本人ならばそれはまた別なのかも知れないが。
「さて、これからどうするよ?」
「どうするも何も探索するしかないでしょ」
僕の意見にアデラも同意するように頷く。
この部屋の中にある本棚を調べる。
横に倒された本棚にもびっしりと文字が書かれており、こちらも文字を読むことは出来ない。
本棚の中には本ではなく何枚もの紙がまとめられたノートのような物が適当に入れられていた。
僕はその内一冊を手に取りペラリとページをめくる。
[○月✕✕日、晴れ
きょうはミナツちゃんといっしょにあそんでいました。よるまであそんでいたのでお母さんにおこられちゃいました。]
ひらがなの多い字で、それも少しぐにゃりとした字で書かれている。
どうやらこのノートはネフィが幼い頃に書いた日記帳のようだ。
このまま読み進めていくが特に変わったこともなく、なんの変哲もない日記と言う感じだったがある出来事から状況は一変する。
[☆月✕✕日、曇り
明日はわたしのおたんじょう日でとてもたのしみです。ミナツちゃんは明日いいところにいこうといってくれたのでたのしみです。]
この日記から一冊目のノートは全て白紙になっていた。
「子供だから飽きたともとれるけど…それじゃ複数ノートを作らないよな」
他のノートに目を向けながら呟いているとトントンと肩を叩かれる。
チラリと叩かれた方向を見るとアデラが一冊ノートを手に持っている。
「このノート、明らかに異様じゃねぇか?」
アデラが僕の顔にノートを近づける。
近すぎて見えないっての!そうノートを奪うような形で手に取ると、そのノートは明らかに日記帳ではなく、まるでメモ帳のように特定の単語だけが連なっていた。
[森の中、ミナツちゃん、魔女、森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女森の中ミナツちゃん魔女………]
まるで暗記をするように見開きのページ一面に殴り書きされた文字に目がチカチカとする。
眺めていたらゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうになる程だ。
連なる文字に目を痛めながらもページをめくる。
と言うかこのページ、さっきまでの平仮名まみれの字とは大違いだ…
次のページからは燃え尽きたのか真っ白なページが続いていた。
「確かに異様と言うか…それ以上の何かを感じさせると言うか」
適切な表現が見つからない。
このような光景の前では適切な表現を見つけるなど愚行かもしれないが、目の前の現実から少しでも目を背けるためには探し、意味もなく頭を働かせずにはいられない。
「とにかく、知りたい言葉は知れたんだしさっさと上に戻ろうぜ」
「そうだね。もう二人が帰ってきてもおかしくないだろうし」
この部屋に入ってきてから小一時間程経っているのだろうか?部屋には時計がないためハッキリとした経過時間は解らないが、今は自身の感覚を信じる他無いだろう。
僕達は出来る限り元の位置に本を収納する。
多少のズレはあろうとも、元々ごちゃごちゃした部屋なのだから特に気にすることはないであろう。
重要なのは僕達が此処に来た事実がバレないと言うところだ。
特にミナツに……
何はともあれ、速くこの部屋から退散するが吉だろう。
そう思い、急いで部屋を出ようとする刹那、奥からカンッカンッと一定のリズムで音が響いてくる。
その瞬間僕達は理解した嫌、理解してしまった、あぁバレた…と。
何とかバレぬよう隠れようにも最低限の家具しか揃っていないため、すぐに見つかるのは明白だろう。
そもそも隠れると言っても家にいたのは僕達二人のみなのだから、どのみち見つかる。
ならば見つかってからの事を考える方が良いだろう、だが焦りと、大方予想は出来るのだがこの後どうなってしまうかの恐怖で、上手く頭が回らない。
そうこうしている内にカツッと音が止まる。
僕達はゆっくりと振り返るとそこには案の定真顔で扉に身体を寄せ、突っ立っているシユの姿がそこにはあった。
「あっ、えっと…ミナツさんこれには深い訳が」
上手く呂律が回らない。
好奇心で行動した結果またやらかしたのだ、しかも今回は知らなかったとは言え一人の女性の部屋に無断で侵入している事になる。
この異様な部屋の光景の前では霞んでしまうような事実かもと思ったが、それは単に僕の都合の良い解釈にすぎない。
扉に体を離す彼女はふぅと小さく息を吐く。
これはお説教どころじゃないぞと固唾を呑み、身構える。
「別に部屋に入ったことを咎める気はないよ」
開口一番ミナツは僕達の予想とは全くの真逆の事を口にする。
正直、肩透かしを食らった気分だ。
「とは言ってもまさかバレるとは思ってなかったけどね」
そりゃそうだろう…ベッドの下を確認されるなんて思う訳がない。
しかも男子のベッドではなく女子のベッドだ、余計確認すると思わないだろう。
見つけたのは僕とは言え、あの異変に最初に気づいたアデラに同じ人間かと疑ってしまう程の聴力と、感の良さだ。
「それで、この部屋を見て二人はどう思った?」
「部屋を見て…か」
当たり前なのかも知れないが、僕達二人の回答は似たり寄ったりしたものだった。
それは"ごちゃごちゃしていて不気味である"と言う事だった。
「なるほど、まぁ概ね予想道りの回答ね。」
ミナツは回答にそうでしょうねとしか思わなかった。
彼女の質問に答えた所で僕も気になる事がある。
「ねぇミナツ、勝手な事をしておいて烏滸がましいのは承知の上で質問をしたいんだけど良いかな?」
「もちろん」
許可が降りたところで早速質問といこう。
と言っても僕の中の疑問は一つしかなかった。
「君はアルシアと一緒に出掛けたみたいだけど…そのアルシアはいったい何処に居るのかな?」
僕の問いに彼女は目を見開く。
僕は少しミナツに対する警戒を強めることにした。
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