竜の王国・外伝 逸脱の火事場泥棒

神聖ラーメン帝国皇帝

火事場泥棒編

幼少期

逸脱の魔術と不穏な世界

竜の王国・外伝 逸脱の火事場泥棒

序章 幼少期:逸脱の魔術と不穏な世界


囲炉裏をかき回す老人が滔々とうとうと語る、有り触れた昔話。

「それもう聞き飽きたっての~!他のお話してよぉ~」

黙って聞いていた少年は身を乗り出し、不満げに口を尖らせる。

「ほっほっほ、ええじゃろう。それじゃあ、この話をしてやろうかね」


「これは英雄譚でもなんでもない。国を救う英雄の裏で都市の危機に立ち向かう、ただの…いや、少々普通と逸脱した火事場泥棒の話じゃ──────」





…この世界に慈悲など無い、そう気付いたのは10を越えた頃だろうか


ここルドナ商業区は治安の良い方だが当然魔物などの襲撃はあり、また強盗なども偶には発生する

それが今日は俺の家で起きただけだ


当時の俺は、主神アイオーンとやらの教えを信じていた。

他者に恵みを分け与え、助け合うことは当たり前で、一日一度の祈りを決して欠かさない模範的で敬虔な信徒だった。

恵まれた商家の家庭に生まれ、暖かで、安らかで、何不自由無い生活を享受していた。


だから、忘れていたのだろう。この世界は弱肉強食で、残酷で、慈悲ある世界アイオニアなど幻想に過ぎぬという事を


きっかけはもう店じまいをしようというタイミングで父の商家に駆け込んできた1人の修道女だった。

外は雨で、長い事外に居たのか全身ずぶ濡れだった。だがそれ以上に異様だったのは彼女の様子であり、目は血走り、顔は青ざめ、しきりに周囲を確認し、まるで、そうまるで『誰か』から追われているような、そんな様子で彼女は持っていた本をカウンターに置いた


それは、子供の頃の俺からしても異質な本だった。

真っ赤な表紙と円の中に瞳のようなシンボルが特徴的な、これぞ魔術書、とでもいうべき代物だった


「この魔術書を、言い値で売ります…!できるだけ早く!」

「お、お待ちください!たしかに私は魔術書を扱うツテはございますが、魔術書ともなれば最低でも金貨20枚は下りません。そんな金を急に用意するなど…」

「なら今あるだけで構わない!とにかく早くして…!」

「あの…まさか修道女が、とは思うのですが…盗品では無いですよね?」


その問いに対し彼女は少し慌てたが、すぐに真っ直ぐな、ともすれば狂信的な眼でこう言った

「少なくとも、その魔術書の効果は保証します。そして、きっとアイオーン様は私の選択をお許しになるでしょう」


その堂々とした言葉に、俺はすっかりほだされてしまった

一言も、盗みを働いてないとは言っていなかったのに


「父さん、俺は信じて良いと思う」

「だが…………わかりました、信じましょう」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「ですが今出せるのは金貨10枚程度のみ、本当によろしいですね?」

「ええ、これでこの街から離れられます。それと、教会にはお気をつけて…」

そう意味深なセリフを残して名も知らぬ修道女はそそくさと去っていった


「はぁ…早まったか?」

「ごめんね父さん、余計な事言って」

「いいや、これは僕の判断さ。それに、アイツも珍しい魔術書が手に入ったら売ってほしいと言っていたからな。きな臭い分吹っかけてやるさ」

「アイツ?」

「父さんの古い知り合いでね、腐れ縁と言ってもいい。今は隣国に帰って結婚でもしてるんじゃないか?アイツあれでも魔術の名家だし。もしかしたら子供もこさえたりしててな」

「父さん貴族と知り合いなの!?」

「ブフッ!フッフフフ…貴族、貴族ねぇwww」

何かがツボにハマったのか十分程ひとしきり笑った父親は、その後真面目な顔をして書類を書いていた




―街の外で修道女の死体が見つかったのはその翌日だった。朝方、衛兵が修道女らしき死体を確認したという事を噂で聞いただけだが、昨日の様子から察するに恐らくあの修道女なのだろう。

朝から街はこの話題で持ちきりだったため容易に状況が把握できた

人の死とはいえある程度危険のある街の外の話だ、本来話題になることはないのだが…

どうやら死体の状況が異常らしく、なんでも街道のど真ん中で毒殺された・・・・・・・・・・・・・ような死体らしく、オマケに物を漁った形跡こそあれど金には目もくれず死体も隠蔽していないということで盗賊の仕業にしても妙だという


街は不安に包まれ、あることないこと憶測が飛び交うようになった

目に見えて治安は悪化したが、衛兵達は原因推測の為に駆り出されており人手が全く足りていなかった


「これは、思ったよりもまずいかもしれんな…逃げ支度を始めるぞ」

「え!?たしかに街の雰囲気は悪いけど…それだけで家まで手放すなんて…」

「違う、恐らく今回の騒動は警告だ。あの魔術書はやはり盗品だったんだろう、それもこんな方法を取るような組織から。

そして殺された。しかし盗品がない、僕達に売ってしまっていたから。

恐らく相当重要な物なんだろう、だからこうして脅してるんだろう。名乗り出ねば殺す、と。

尤も出てったところで連中からすれば何を聞いたもんかわかったもんじゃない、十中八九殺されるだろうね」

「な、なんでそんな所から物を盗むんだよ…」

「さあ、まぁ世の中には考えない方がいいこともあるってことだよ。理由は…言うまでもないね」

「で、でも今街を離れるのは危なくない?襲った奴が外に居るかもしれないんだよ?」

「治安が悪くなってきたこのタイミングなら自然にこの街から逃げられる。むしろここに居るほうが危ないくらいだ、何も危険なのは奴らだけじゃ…」

その時玄関の方からガチャリ、と音がした


「…母さん?なんで外n」静かに、息を殺して…」

父さんが小さな、しかしいつになく真剣な声で言いながら俺の口を塞いだ


「良いかい、僕が良いと言うまで地下の商品保管庫に隠れてなさい」

父さんは胸ポケットから小さな鍵をとりだし俺に渡しながらそう言った

「父さんはどうするの?」

「この家には母さんが居るからね、母さんとお前を守るのは父親である僕の役目さ

それじゃあ、『良い子』にしていてね」

「…わかった」


内心で納得はしていなかった。しかし、この頃の俺はどこまでいっても良い子・・・でしかなかった



商品保管庫は地下にあり、一部はネズミが通れる程度の穴から上を覗く事ができる


玄関からこちらへギシ、ギシと音が鳴り、姿を現したのは包丁を持った知らない男だった。誰だと驚いていると男が母さんに向かって喋り始めた


※以下胡乱なのである程度飛ばしてよし


「へ、へへへ、この街はもう終わりだぁ。なら、最期くらい良い思いをして終わりてえよなぁ…」

「な、何…?」

「つれねぇなぁ、俺とお前の中だろぉ?俺だよ、ナウキだよ」

「…!まさか、あのカイザー!?なんでそんな浮浪者みたいな格好を…?」

「…過去の話だ」

「あんたが始めたんでしょうが」

「あぁ、ここで今から過去でなくなるからなぁ!」

「どういうこと?」

「俺はなぁ、ずっとお前が好きだった…!だが、お前はその頃からアイツのケツを追っていた…!テメェらが結婚した時の言葉覚えてるか?」

「ええと…確か、「祝福するよ、心から」だったかしら?」

「あぁ!そうだ。その時の俺の気持ちを教えてやろうか?正直アイツが憎かったよ。だが!それ以上にお前に恋をしていた、今もだ!でも、お前はもう人の物で、チキンな俺は手を出す事は能わなかった…

…もう違う。最期くらい、勇気を出せなきゃ男が廃る」

「ふーむ…勇気、ね…それはヤケとどう違うんだい?」

いつの間にか父が優美に剣を構えてそこに居た


「…!よぉ、会いたかったぜぇ?リョウ」

「僕は、こんな形で再会したくはなかったかな」

「…どこまでもスカした野郎だ。お前のそういう所が嫌いなんだよ…!」

「僕も君は苦手だったかな、いつも嫉妬剥き出しでさ。

オマケに僕が君とルキが仲良くなれるようにしていたのすら気づかない。鈍感なのか間が悪いのか、君が彼女を好きになる頃にはとっくの昔にその好意が薄れていたんだよ」

「な、何を言っている…?」

「彼女が最初に好きだったのはキミさ。そして先に好きだったのは僕の方だったというだけの話だ」


「…してやる……お前だけは必ず殺してやる!」

「…君にできるわけないだろう!僕とは背負っているものが違う!」

この場において冷静だったのは父さんだった

夫婦だからこそなせるアイコンタクトで逃げろと言い、男を挑発し注意を引きつけた

当然緊急時にその指示に逆らうなんて愚かな真似はしないしできない


「アナタ…!ごめんなさい…!」

「こういう時はありがとう、だろう?」


「しまった!くっ、逃がしてたまるかぁ!」

包丁を投げるカイザーナウキ、しかし

「させるか…!ぐぁっ…!」

割り込んだ父さんに庇われた事により母さんは無傷だった。

だが

「アナタ!」

父さんの急所に包丁が吸い込まれる。

成人男性カイザーナウキの全力で投擲された包丁は運悪く、肋骨の隙間から父さんの心臓を貫いた


「………あー…これはダメかな……ははっ…意識を保つのさえキツイ…。…死にたくないなぁ…

あぁ死にたくない、それでもね…僕は一家の長なんだ。だから僕は…!家族を害する相手に対しては、例え気絶しようと『不屈』の心で立ち向かわなきゃいけないし、例え死のうと『決死の覚悟』で相手も道連れにする。それが、パパってもんだからだ!!」

立っているどころかもう事切れてもおかしくない怪我を負いながらも、父は立ち上がった


「うおおおおお!!!」剣を振りかぶり袈裟斬りを行う父の攻撃を男は余裕をもって回避した

「馬鹿が、死にかけの奴の攻撃が当たるはずが―ッ!?」

死角から暗器・・が飛び出し男の脇腹を抉る

「馬鹿な!どこに武器がっ!ッ!」

「…僕の心臓を穿った包丁の味はどうだ?」


父はもう持っている・・・・・武器は無かった、だから油断したのだろう

まさか誰も自分の心臓に刺さっている包丁をそのまま武器として使うなど考えもしないのだから


「アナタ!いや!いやぁぁぁ!」

ドサリと倒れる父さんに母さんが駆け寄る

「…あい……て………」

もはや喋る気力も無いようで言葉が上手く紡がれない


命の灯火が消えていく

それに反するように彼の周りにキラキラとした光が舞ってゆく。まるで彼の死を祝福するかのように…


後に魔術に詳しい友人に聞いた話だが、曰く、この世界には極稀に、どのような経験を積んだのかは分からぬが、尋常ならざる意思の力で死の運命そのものを捻じ曲げる事のできるものが居る。

それでも死の運命を避ける事はできず、数秒程の延命措置しかできないらしい。

そして、その力の最も特徴的な所は、まるで全てを燃やし尽くさんとするツバメのように、早く、速く、疾く、まるで時間が止まったと錯覚するほどの速度で戦うという事だ

これだけのチカラの代償はなんなのであろうかと考えた時に、最初に思い付くのは魂らしい

その友人は魂の消耗を見たことがあるらしく、魂消耗時に起こる消耗した魂の欠片の空中燃焼とあのキラキラがよく似ているらしい

そして、魂の損壊は例え神であろうと救えず、癒えもしない


それはつまり、主神アイオーンの元に行く事すら赦されぬ絶対的な死を意味する

バカだよな、親父………。そして、俺もバカだ。それでもアンタの生き様は間違ってねえって、そう感じちまったんだよ。

なぁ、お前もそう思うだろう?■■■■




「やってくれたな…!」

父さんが決死の覚悟で付けた包丁の傷は、しかし致命傷に至るには浅く、怒りに燃えた男は本来の目的も、恋心すらも忘れ、よろよろと母さんへと近づく


「どうしよう、このままだと母さんまで…」

(なら行けば良いだろう?)

「大の大人に武器も無しに勝てるわけ無いだろ」

(ならここでボーっと見てないで探せよ!!!)

「だって、父さんがここから動くなって」

(…いつまで怖気付いてるつもりだ)

「だって…たった今…父さんが…」

(お前がこのまま何もしなければ母さんもそうなる、何をしている!動けよ俺!なんで!動け!動け!)

「あ…あ、うぁぁぁあ!」


探さなきゃ、母さんを助ける物武器を

そう思い、必死に視線だけでも動かすと…あるものが見つかる

あの時の魔導書だ


魔術を扱うには才能と魔術の知識、そして触媒が必要だ、そして俺はそれを全て持っていた


父さんは魔術の名家の貴族と知り合いで非常に豊富な魔術知識と魔導書、そして魔術触媒を数多く持っていた

当然商会で扱う物品には触媒や魔術書も含まれる。そしてここは商品倉庫だ、触媒には事欠かない

父さんが酔った時に昔話と共に出てくる魔術知識の記憶と切羽詰まった状況下での集中力が魔術書の解読を助けてくれる



数分で解読できた魔術書にはこう書かれていた

「エンチャント・逸脱の災火…?」


『いいかい?基本的に魔術は全て独立しているが、魔術の中には同一種類に分類できるものがある。それが『エンチャント』と『魔術の得物』だよ。

これらは魔術元素の力を元とした最も一般的な攻撃魔術だ。魔術元素で今見つかっているのは火、水、風、土、氷、雷、光、毒の8種類だね。当然見つけた元素を秘匿する魔術師も居るから全てというわけではないだろうけど

まあそれは置いといて、もしも元素ではない、全く別の原理からなる攻撃魔術を発明できれば…世界が変わる。魔術師の研究命題の1つで、アイツらの目標でもあった

あのきょうだいも…その点で見れば道は同じだったはずなんだけどな…

だけど、兄の方は道を外れた。魔神を信仰する教団で非人道的な実験を繰り返し、今や指名手配犯と来たもんだ…

だから、魔術に傾倒するのだけはやめておいたほうがいい。知識は人を狂わしうるからね』

『でも、俺はその人の気持ちわかる気がするな。力があれば何だってできるもん』


この魔術は間違いなくエンチャントだ、だが既存の魔術元素を使用した魔術ではない。それどころか魔術元素ですらない


「全く別の原理からなる攻撃魔術…」

周囲の恐怖を利用し、己の精神と共鳴させる事で魔術の負荷を軽減し、周囲の熱エネルギーを吸収する、又は周囲に熱エネルギーを放出する事で火属性、もしくは氷属性のエンチャントを再現する


「なんなんだこれ…」

明らかに既存の魔術になせる性能じゃない、文字通り災害や火事でも起こればその中でのみ、自分は最強になれる

だけどこれだけではいくらなんでもピーキー過ぎる、恐らくは対となる魔術がある

ような魔術が

だがそんなものは俺には無い

だから



「なんだ…?この臭いは」

男が唐突に辺りを見渡す

それもそのはず、周囲には焦げ臭い香りが漂っていた


ガタリと少年が床下から出てくる

「お前は、あの男のガキか!何をした!」

「別に。ただ、周囲にコレを撒いて火を付けただけさ」

俺の片手には消毒用アルコールのビンが握られていた


「馬鹿な、死ぬ気か?」

「ああ、どうやらここが…俺の火事場らしいからな」

「ガキのクセに覚悟キマり過ぎだろ…やはりあの男の息子か」

「別に勝算も生きる算段も無いわけじゃない」

「ただのガキに何ができる…!」

「本当にただのガキか、確かめてみろよ…!」


俺は地下室の短剣を抜き放ち男に向かって突撃する

「ッ!速っ!」

「はああああ!」

攻撃の瞬間、短剣は周囲の炎を吸収し、炎を纏う

「このガキ、魔術師かよ!」

頭痛がするものの、男が恐怖すると少し和らいだ

「そこだぁ…!」

相手の守りの緩い所を突き、攻撃を与える

その瞬間炎が男の身体に巻き付き燃え盛る。明らかに致命傷だった


「やった…!やったぞ!ざまあみろ…!」


…この世界には極稀に、尋常ならざる意思の力で死の運命を捻じ曲げる者がいる


「せめて…せめてお前だけでも…!」

「コイツ!まだ息が!?」

俺が咄嗟に後ずさると、男は目にも留まらぬ速さでへと向かった


「心中しようぜぇ…?」

「母さん!!!」

包丁は未だ茫然自失していた母に吸い込まれていった

「ゴフッ!…え、あ…?……あぁ、アナタ…今私もそっちに行くからね…」

「母さん!!!」

「ヒャッハハハ!ヒャッハハハハ!」


ミシ…ミシ…バキバキバキィ!と家の支柱が崩れてゆく

支柱を失った家は屋根からガラガラと崩れていく



雨がポツポツと降ってくる、父さん達が埋まった瓦礫の上で佇む俺に、父さんより少し上くらいの男が心配そうに、しかし優しげに声をかけてくる


「何をしているのですか、そんな所で。危ないですから、早くこちらに。ほら、濡れてしまいますよ」

「なんだアンタは」

「おっと…確かに見知らぬ大人にいきなり声をかけられては警戒してしまいますよね。

私の名はトーマ、この近くの孤児院とを管理している者です。どうです?これで知り合いでしょう?」

「…ああ、覚えたよ。しっかりとな」


『ヒャッハハハ!ヒャッハハハハハハ!』

もうあの男は居ないのに、ずっと笑い声がこだまする


雨は未だ止まない

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