第2話 ヒーローへの失望
◇ ◇ side:ソラ
僕は彼女にいかにも廃棄されましたというような家へと連れてこられた。
「ナリアさんはここに住んでいるんですか?」
「今日はここで過ごす」
家の中は意外とまだ綺麗に保たれている。怪人に殺される人が後をたたない世界において空き家は大量にある。そして、それが怪人の潜伏場所にもなっていた。
「ねえ? どうして君は私の麻痺が効かないの?」
責めるというより好奇心なのだろう。彼女の瞳はその理由を知りたがっている。でも、それは僕にも分からない。生まれてこのかた病気をしたことが一度もない一般人でしかないんだから。正直に言うしかないのか……
「わかりません」
――チクッ
なんだか、今までで一番痛い気がする。
「本気で麻痺させようとしたのになあ」
え? 怖い。彼女は嬉しそうに何か怪人みたいな恐ろしいことを呟いている。いや、彼女は怪人だった。
「君の力は麻痺の無効かな。ねえ、名前はなんていうの?」
「ソラ」
僕は自分の自慢の名前を口にした。広い空のように温かく受け入れる。そんな優しいヒーローになりたかった。もし、僕がナリアの麻痺を無効化できるなら、僕しか彼女を倒すことができないかもしれない。
ナリアは僕から目を離して、冷蔵庫から飲み物を出してラジオで音楽を流している。僕は彼女の後ろに置かれていた果物籠から果物ナイフを持って後ろに立つ。ここで倒せば、これ以上彼女のせいで苦しむ人はいなくなる。
覚悟を決めてナイフの先を彼女へと向けたとき、流れていたバラード曲からニュースへと切り替わった。
『緊急速報です。最強格のヒーロー、アロー・ボーがパラライズとの戦闘の末に殉職致しました。ヒーロー協会と警察はパラライズを追うと共にパラライズと一緒にいた人物を重要参考人として追っています』
僕は世間からは被害者ではなくなっていた。重要参考人、もう僕は彼女の仲間として見られてしまったんだ。
『この人物は麻痺がかけられた街で一人だけ影響を受けずに動いていた無能力者であるため、今まで単独と思われていたパラライズの共犯者である可能性が――』
ナリアのせいで僕は犯罪者扱いされたんだ。一時的な怒りと憎悪を込めてナイフを彼女へと振り下ろす。
――チクッ
手に生じた痛みに持っていたナイフを取り落としてしまう。カラン、カランという空虚な音だけが響いた。僕は一体何を……。いや、これはみんなのためになることだったんだ。そう、だから僕はおかしくない。
「ソラ、どうかしたの?」
音楽が打ち切られて面白くなさそうにしていた彼女が僕を気遣う。僕は気づいた。ナイフを持って彼女に近づくとチクッとする痛みが走る。戦闘能力のない僕には彼女を倒せない。そんな力の差を感じさせられた。
「果物を食べようと思って……」
「じゃあ、私のも剥いて」
――チクッ
彼女からナイフを受け取る。落とさないように痛がっているのに勘付かれないように僕は彼女へと微笑んだ。
「わかったよ」
僕はナリアから家に帰してもらえることはなく、彼女と一緒に数日間を共にした。寝る時には一つの部屋に厳重に閉じ込められ、起きると彼女と一緒にただいるだけ。ヒーローになりたかったはずなのに、僕は一体何をしているんだろう。
彼女に触れる時、痛いのを知られるのはいけない気がする。僕は耐え続けるのが苦痛だった。
彼女に金属製のものを持って近づくとチクッとし、触れてもチクッとすることが分かった。今ではたまに彼女が触れてくる時以外はチクッとした痛みをくらうことは無い。
「買い物に行ってくるね」
彼女がいないチャンスの時。でも、僕にはもう彼女から逃げ出す気力が失せていた。痛いのが嫌で部屋に篭っていた初日に部屋を壊して入ってきたナリア。鬼気迫る彼女が安心したように触れてきた時の強烈な感電したような刺激が忘れられない。
「僕が行ってくるよ。普通に買い物できないでしょ」
「……逃げない?」
「逃げない」
「本当?」
「本当」
縋るように何度も確認された後、彼女は僕の首に小型の機械、GPSらしきものをつけられる。そこでようやく彼女に僕は外出を許してもらえた。僕は逃げないよ。僕が倒せないなら、ヒーローに倒してもらう。それしか僕にはできることがないから。
どこで稼いだとも知れないお金を持って僕は最寄りのヒーローのいる街へと買い出しに出かける。模造紙を買って、ペンとテープを買って。
『SOS:パラライズに誘拐されています。助けて! 僕の位置は知られている。彼女の力について分かったことを話したい』
そう書いた模造紙を体に貼り付けて彼女のリクエストが書かれたものを買いだしていく。そうして、周囲の奇異な目を耐え忍んで続けた二回目の買い出しでついにヒーローと接触することができた。
「君は確か重要参考人指定された人じゃないかな?」
「そうです。僕は彼女の麻痺の力を自身に対してだけ無効化できるので興味を持たれて誘拐されたんだと思います」
「それで? 彼女の力っていうのは?」
コロコロとカートを転がしながら、ヒーローと話を進めていく。ナリアが能力を麻痺させることが可能かも知れないこと。1m以内に金属製のものが近づくと彼女の力が反応すること。他にも分かったことを報告していく。
「分かった。とりあえずは信じてみよう」
そう言ってヒーローはカートを押して、レジから抜けていった。一週間が経って買い出しに二回したにも関わらず、ヒーローが僕を助けに来てくれることはなかった。
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