事例1 『私と師匠』‐1

 光陰矢の如しとはこういうことを言うのだろう。魔法サービスを受け付けておよそ半年。

 その頃、私はほとんど自分の商売を忘れかけていた。死霊術の需要は低い。巷では、私のことを好ましく思っている人は皆無である。突きつけられる現実と向き合った。その結果、まず商売を成り立たせることが不可能だと悟るようになっていた。


 すでに私が諦めの境地にいたとき、はじめての客は、いきなり訪ねてきた。


「ごきげんよう。アンネ、元気だったかしら?」


「げぇ……師匠」


 黒いローブと、古めかしい三角帽子。太陽のように輝く瞳が印象的なその人。


 名をオリビア・ユーリという、私の魔法の師である。

 はじめての客は身内であった。できればこの窮地で顔を合わせたくなかった人でもある。

 

 親に先立たれて孤児だった私を、拾って育ててくれた恩人。気まぐれで魔法を教えてくれたのが目の前にいるオリビア師匠である。出会って以来、私たちの間には師弟の関係が続いている。


「げぇ……、じゃないでしょう。久しぶりの再会なのに」


「お久しぶりです師匠。今日はどういったご用件で?」


 おずおずと私は頭を下げる。

 彼女と私は住んでいる土地が違う。私が魔法使いとして自立してからは、会う頻度はかなり減っていた。


「あなたに、例のサービスを依頼しに来たのよ」


 師匠が?まさか。冗談はよしてくださいと私は笑い飛ばした。自分よりもはるか高位の魔法使いが、魔法のサービスを求めるわけがない。

 きっと彼女は、弟子の不甲斐なさを見かねて茶化そうとしているのだ。


「私をからかいに来たのですか?」


「あら、本気よ?」

 

「そもそも自分でできるでしょう。どういう魂胆ですか?」


「私、もうすぐ魔法使いを辞めるの」


「は?」


 会って早々、驚天動地の言葉が飛んでくる。

 まるで雷を落とされたかのような衝撃を受ける。私はドア越しにぼうっと立ち尽くした。

 頭のなかでは冷静に師匠の年齢と、魔法使いの平均年齢をぼんやり比べ合わせていた。


「唐突でごめんだけど、身を退きたいのよ」

 

「早すぎませんか」


「そうね。でも、遅すぎたとも思う」


「な、なにかの謎かけですか?」


 オリビア・ユーリという女性は、その天性の才能によって魔法を極め、人智を超えつつある。その力は永遠の命を持つとされる女神様と同列視されるほどだ。

 怪物じみた魔法センスを持っている。彼女は、強者らしからぬ物腰の柔らかさも相まって、大衆からも根強い人気を博していた。

 

 師匠は30代半ばに差し掛かったばかり。現役引退を考えるにしては、まだまだ若すぎる年齢だ。

 魔法狂いの彼女が、どういう風の吹き回しだろう。

 

「『魔女の黄昏』ね。ほんと、アンネはろくでもない仕事を始めちゃったわね」


 師匠がほほほ、とわざとらしく笑った。お前のことなんてお見通しだぞと言わんばかりに、私を見て目を細めてくる。

 じっさい私が人間嫌いなこと。生物の生き死には興味がないことを彼女は知っている。


「あなたが人助けを望むなんて驚いた。人間はすぐ死ぬから嫌いだったんじゃないの?」


「そうです。どうせすぐ死ぬから、楽な仕事だと思ったんです」


「なるほど……相変わらずの性格で安心したわ」


 表情豊かに話す相手からは、昔と変わらない雰囲気を感じ取れた。

 仕事の疲れのせいか少しだけくたびれて見える。だが、それも誤差の範囲であろう。


「アンネ。改めてお願いするわ。私の引退前最後の仕事を、サポートしてくれないかしら」


 神妙な顔つきになった師匠から、そんな言葉がかかる。


「えっと」


「いっしょに付いてきてほしいの」


「それが……依頼の内容ですか?」


「まぁそう。そう思ってくれて構わない」


 遠路はるばる訪ねてきた理由が、さらっと語られる。

 

 師匠の引退する姿を見送る。それは弟子である私にとっては、無視することのできない一大事であった。

 私はオリビア師匠には一生返せないほどの恩義がある。魔法依頼サービスなんて回りくどい頼まれ方をせずとも付いていくつもりだ。

 

 私たちは、同じ死霊術で生計を立てている。国は違っても、やはり同業者なので、いつもお互いのことが気になっている。

 双方が何をしているのか。元気にやっているかなど、戦時中でさえ情報共有は惜しまなかった。それなのに彼女の口から「引退」という言葉を聞いたのは、今日が初めてだ。



 夜。私は師匠を家に招いて、非常食をふるまった。食卓を囲みながら、くだらない世間話と魔法談義で盛り上がった。おかげ様でいつもの硬いパンも今夜は心なしかおいしく感じる。


「娘さんは元気ですか?」


 ふいに私は、オリビア師匠の家庭が気になった。最初に頭に浮かんだのは、娘さんのこと。昔に赤ん坊の姿を見せてもらったことがあったきりだ。


「うん。元気してる。もう7歳になるわ」


「そうですか、早いですね」


 子どもの名はゾフィという。母親に似た瞳の色合いが美しい。成長したら必ずや魔術を学ぶ才女になると思われた。


「早くあなたとゾフィを会わせてみたい。きっとあの子も喜ぶわ」


 オリビア師匠が留守のときには、家に残っている従者たちが、ゾフィの面倒を見ているそうだ。

 旦那さんは戦争中に亡くなっているから、男手が少ない点が気がかりに思われる。

 仕事で世界各地を飛びまわっている師匠だ。腰を据えて娘の面倒をみるのもさぞ難しいのだろう。


「引退したら、たくさん家族との時間を作れますね。師匠」


 私は労うように相手に呼びかけた。師匠の頑張りは、弟子の私がいちばんよくわかっているつもりである。これまで馬車馬のごとく働かされてきたのだから、疲れが溜まるのは当然だ。


 師匠はお人好しだった。どんな人にも救いの手を差し伸べるし、助けの声には誰より迅速に駆けつける。国や王侯貴族の相手をしていない時には、人々のために何ができるか考えながら魔法を使っている。報酬を求めず、ただただ善意で周りに寄り添っていく。

 

 彼女の夢は「みんなを笑顔にすること」だそうだ。私は理解に苦しむが、そういう性分の人だった。目の前の彼女は日常的に人助けをおこなっている。自分のことよりも人のため、世のためと動いてしまう奇特な人なのだ。


「私が引退したら、次はアンネが死霊術師の代表になるのよ」


「やめてください。まだ私にはそういう立場は早すぎます」


「仕方ないじゃない。ルールなんだから」


 魔法の世界は年功序列。それが鉄の掟と決まっている。だが私たち死霊術師は、そんな文化を守れるほど人数が多いわけでもない。

 世界で見渡しても、同業者は片手で収まってしまう。しかもそうした人材も、私より若い学生かアマチュア術師に限られる。

 オリビア師匠の引退が確定した。すると次なる死霊術の代表は、ひよっ子の私しか残っていない。


「ふふっ、立派になることを期待しているわ。アンネ・シーヴマン」


 余計な期待を押しつけられている。私は自由気ままに魔法を学びたいのに、この人が表舞台から消えたら、いろいろと面倒そうだった。

 師匠は微笑みを浮かべて、窓越しのしずかな夜空を眺めている。のん気にお茶をすすりながら。遠く空の彼方に想いを馳せているらしかった。


「あの、師匠はどうして引退するのですか?」


「私ね……、もうすぐ死ぬの」

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