第2話 異世界の食堂で、初メシと初衝突。ツンデレは胃袋に効く?
「で、あんた、ほんとにお金持ってんの?」
開口一番、それか。
店の奥のテーブル席に案内された俺は、座る間もなく椅子の向かいにドスンと腰を下ろしたネリアに、じろっと睨まれていた。
……いや、ごもっともなんだけども。
「お、お金って、その……えっと」
「はぁ、ないんでしょ?」
「……まぁ、はい。今は……」
「だったらなんで店に入ったのよ」
「いや、それは……その……お母さんが……」
「“リュシアさんが”でしょ? うちの母を気安く“お母さん”呼ばないで」
「はい、すみません……」
強い。なんか、いろいろ強い。
返す言葉が浮かばない俺を横目に、ネリアはため息をついて立ち上がる。
そのまま厨房の方へ行き、カウンター越しに一言。
「お母さん、無銭飲食疑惑の人、なにか出すの?」
「そうね~、お腹が空いてるみたいだし、ハンバーグでいいかしら」
「またハンバーグ!? あれ、焼くの手間でしょ?」
「ふふふ、美味しいものは元気の源よ~」
母娘の温度差、安定しててすごい……ていうか
「えっ、この世界にもあるんですか、ハンバーグって!?」
「あるわよ? なに、そんなに珍しいの?」
いやいや、びっくりだってば!
玉ねぎ、ひき肉、卵にパン粉にデミグラスとか、素材が現代文明すぎるでしょ!?
“異世界の最初のメシがハンバーグ”って、どういう文化レベルなの!?
そんな若干困惑していた俺だったが、運ばれてきたハンバーグは、まさに日本の洋食屋で出てきそうな見た目だった。
肉汁がじゅわっと溢れそうな焦げ目。ツヤのあるソースが上からとろりとかかっていて、添えられた野菜も色鮮やかだ。
「……っ、うまっ……!」
一口食べた瞬間、思わず声が漏れた。
しっかり焼かれているのに、中心はふわっと柔らかく、噛むたびにジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
この味、ただの家庭料理じゃない。
どっかのプロが作ってるってレベルだぞ、これ。
「ふふっ、気に入ったみたいね~」
リュシアさんが嬉しそうに微笑む。その横で、ネリアは腕を組んで渋い顔をしている。
「ねぇ、ソラ……さん?」
「は、はい」
「この世界の料理、初めて食べたって感じだったけど……あんた、ほんとにこの国の人?」
「えっ」
ヤバい。ボロが出た。
「いや、ほら、俺の故郷ってすっごい田舎で……ハンバーグなんて最近流行りだしたばっかで」
「ふーん……」
ネリアはじーっとこちらを睨んでくる。目つきが鋭すぎて、視線だけで心をえぐられてる気分。
咄嗟に作った“ソラ・アルヴァーツ”という偽名、今のところバレてはないけど、正直もう冷や汗だらだら。
(やっぱりちゃんと設定考えとかなきゃダメか……後でこっそりメモ作ろう)
その後も会話というより尋問が続いたけど、なんとかはぐらかしつつ、食事は無事完了。
「ごちそうさまでした……ほんとに美味しかったです」
「そう、ならよかったわ~。ちなみにお代は、寝る場所付きで今日の分としてサービスしてあげる。ね、ネリア?」
「は? ちょっと、なに勝手に……!」
「ネリアが手伝ってくれるから、いいじゃない?」
「ぐぬぬ……っ」
娘の抵抗を華麗にスルーしながら、リュシアさんはにこやかに言った。
「というわけで、今日からしばらくここで暮らすのね、ソラさん。大丈夫、洗濯と掃除はネリアがするから♪」
「はああああ!? ちょ、母さんなに決めてんのよっ!?」
思いっきり椅子から立ち上がるネリア。
その姿にリュシアさんは悪びれる様子もなく、楽しそうに笑っている。
「だって、困ってる人を放っておけないでしょ? ねぇ?」
「ぐ……っ……それは、そうだけど……」
ツンツンしてるけど、優しいんだよなこの子。
なんだかんだで、俺が本当に困ってるってわかってるんだろう。
それに、リュシアさんも、俺の話を全部信じてるわけじゃないとは思う。でも――
『この世界で生きようとしてる人間を助けたい』っていう、本気の善意を感じた。
「……じゃあさ」
俺はスプーンを置いて、二人を見た。
「せめて、お礼に俺も働きますよ。食堂の手伝いとか、皿洗いとか、できること全部」
ネリアは少しだけ目を見開いて、それから……ふっと小さく笑った気がした。
「……ま、タダ飯食って逃げられるよりマシね」
俺は異世界の食堂で、飯を食い、名前を偽り、ツンデレ娘に睨まれながら――
ひとまず、生きる場所を見つけたのだった。
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