異世界レシピ帳 ~拾われた俺、アイデアとメシで生き延びてます~

じきそうそう

第0話 転移って、本当に……あるんだな

 朝は、いつも通りだった。

 ……いや、正確には、いつも通りだったはず、だ。


 目覚ましが鳴って、布団をめくって、眠たい目をこすりながら起きる。

 洗面所で顔を洗って、制服に袖を通して、トーストをくわえて家を出た。


 別に寝坊したわけでもない。

 朝食も適当、家を出る時間も適当。

 俺の名前は結城真宙(ゆうき まひろ)。高校一年生。

 ごく普通の男子高校生……のはずだった。


 だけど――今、目の前に広がっているこの風景は、

 どう見ても「日常」とはかけ離れていた。


 見渡す限り、森だった。

 雑草が生えた土の地面。足元には根っこがのたうち回り、湿気をたっぷり含んだ空気が肌にまとわりついてくる。

 樹々は高くそびえ、重なり合った枝葉の合間から、わずかに光が差していた。


 さっきまで自転車で走っていたはずのアスファルトも、

 信号も、電柱も、家も――何もかもが、跡形もなく消え失せていた。


「……どこだよ、ここ……」


 呆然と呟く。だが返ってくるのは、小鳥のさえずりだけ。

 さっきまでいたのは、確かに住宅街だった。

 晴れた朝。登校途中。

 友達にLENEを送りながら、いつもの坂道を自転車で下っていた。


 それが――


 


 あれは、ほんの一瞬だった。

 視界の端で、自転車のカゴが光った気がした。

 次の瞬間、目の前が真っ白になって……気がついたときには、ここにいた。


 いわゆる“ブラックアウト”ってやつだ。

 気絶したような感覚も、衝撃もなかった。

 ただ、唐突に、まるでページがめくられたように世界が変わっていた。


 混乱? そりゃしてる。

 パニック? 正直、気が動転してる。

 けど、その一方で――


「……これは、もしかして――」


 口にしかけた言葉を、飲み込む。

 いやいや、そんなはずはない。

 ラノベじゃあるまいし。ゲームのイベントでもない。

 でも、でもな?

 こうして見知らぬ森に飛ばされて、電波も繋がらないなんて――


「まさか……異世界?」


 その言葉が口からこぼれた瞬間、全身が一気に冷えた。

 いや、冗談じゃない。異世界って何だよ。

 俺、そんな運命背負うタイプじゃなかったはずだぞ?

 成績も運動も中の下。家族も普通。神様からの啓示なんて、一度も受けたことない。

 なんで、よりにもよって俺が? 


 スマホを取り出してみる。

 画面はついたが、通知はゼロ。通信もゼロ。

 GPSも、「現在地を特定できません」とだけ表示される。


「圏外か……だよな」


 こんな場所で電波が入るわけがない。

 周りに電波塔どころか人工物すら見当たらない。

 ネットは使えない。誰にも連絡が取れない。

 つまり俺は――


 完全に一人だ。 


 状況を整理しよう。いや、しないとやばい。

 俺の名前は結城真宙、高校一年生。

 さっきまで登校中だった。自転車のカゴが光った。

 今は森の中。スマホは圏外。助けも来ない。

 近くに人の気配はなく、足元には細い獣道が伸びている。


 ふぅ、と一つ息を吐いた。


「これ……マジで異世界転移、なのかもな……」


 自分の口から出た言葉に、また震えそうになる。

 まさか、自分がそんなベタな展開に巻き込まれるなんて。

 いや、こういうのはもっと優秀な人とか、選ばれし者に起きるもんじゃなかったのか?

 誰がこんなフラグ立てたよ。

 いや、それ以前にどこの神様だよ。説明ぐらいしろ。


 


 だが――どれだけ毒づいても、現実は変わらない。

 目の前に広がるのは、知らない森。

 遠くに鳥の鳴き声が聞こえる以外、人工的な音はまるでしない。


 ここが異世界かどうかは、まだ確証はない。

 けれど――

 少なくとも、俺の世界じゃないことは確かだった。


 


「くっそ……マジかよ……」


 思わず額に手を当てて空を見上げる。

 青空。雲が流れている。

 だけどその空さえ、どこか異質に見えた。

 空気の匂いが違う。

 風の感触が違う。

 見慣れた世界のはずが、そこには何もなかった。


 


 ……じゃあ、どうする?


 考えろ、結城真宙。今のお前にできることは?


 立ち止まって、ここで泣き崩れる? 違う。

 自暴自棄になる? もっと違う。


 なら――まずは、生き残る。それが先だ。


 水、食料、安全な場所。そして――人間。情報源。

 そのためには、この獣道を進むしかない。


 右か、左か。

 どちらも同じに見える。

 けれど、俺にはもう、選ぶしかなかった。


「……右、だな」


 一歩、踏み出す。

 土を踏む音が、やけにリアルだった。

 全身がビクッと震えたが、それでも俺は、歩き出した。


 どこへ続くかもわからない道。

 何が待っているかも、まったく不明。

 でも、進まなければ何も始まらない。


 ――こうして俺は、異世界での一歩目を踏み出した。


 


 結城真宙。高校一年生。現在、異世界っぽい場所をひとりで彷徨っています。

 人生最大のトラブルに、全力で対応中――ってことで、よろしくお願いします。

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