11
「謝ってばっかり。……あなたは、悪くないのに。」
「悪いよ。」
「付きまとう私が悪いんです。」
「そんなことない。」
「勝手に好きになった、私が悪い、」
「そんなこと、ない。」
見るからにもめている雛子とじゅりの傍らを通り過ぎて行った、雛子の知人が、すれ違いざまに口笛を吹く真似をした。雛子がおんなを口説いている場面に遭遇すると、いつもその仕草を見せてくる仲のいいおんな友達だった。でも今日の雛子には、そのおんなに苦笑を返す余裕すらなかった。
行きずりのおんなとこんなにもめるなんて、思ってもいなかった。こんなに、胸が痛くなるなんて。
「……私が悪いよ。全部、私が悪い。恨んでくれていいから、もう私のこと、好きって言わないで。」
情けない懇願が出た。雛子は、そんな自分を腹の底で自嘲した。情けない。おんな遊びには慣れているつもりが。
じゅりは、それ以上言葉を重ねはしなかった。ただ、じっと、きれいに澄んだ両目で雛子を見上げた。雛子も、その目を見返した。まっすぐすぎるじゅりの視線を受け止めるのは、正直苦しかった。自分の醜さが丸裸にされていく感じがした。それでも、雛子はじゅりを見つめた。今、目を逸らして逃げたら、二度と自分を許せないような気がした。
無言の時間がしばらく流れて、ふわり、と、じゅりが雛子の腰に回していた両腕をほどいた。雛子はもちろんそのことに安堵したのだけれど、じゅりの温もりが消えた背中は、やけに冷たく感じられた。
「……じゃあ。」
雛子は、なんとかそれだけ口にした。いつも、おんなと別れるときの挨拶は、そんなものだった。どんなに狂おしく身体を重ねた相手だとしても。ただ、その軽い挨拶が、こんなに喉に詰まるのは、間違いなくはじめてだった。
「……はい。」
じゅりが、ごく小さく、囁くようにそう言った。雛子は、彼女が引き下がってくれたことに、また間違いなく安堵したのだけれど、なぜだか痛む胸の奥を持て余してもいた。
じゅりが自分に背中を向けて去って行くのを見送ろうと、少しの間雛子はその場に立っていたのだけれど、じゅりは立ち去る様子を見せない。雛子はちょっと笑って、自分から彼女に背を向けた。
行きずりだ。ただの行きずり。それがちょっと特別なときにあたってしまったから、感傷的になっているだけ。
自分にそう言い聞かせて、もうじゅりの軽い足音が付いてはこないことを頭の隅で確かめながら、雛子は歩きなれた街をすり抜け、ひとりのマンションに向かった。
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