31話

「ジングルベールジングルベール鈴が〜鳴る〜♪今日は楽しいクリスマス〜♪YEEA=(゜∀゜)=(゜∀゜)=AA!!!」

どうしよう?どこからツッコむべきか。

クリスマスは1週間後だし、何より、そんなテンション高い曲でもなかったはずだが。

「楽しそうだな、凜々」

クリスマス1週間前、外を支配するのは激しい酷暑から酷寒へと変化していた。

日が沈むのが早くなり、窓から外を覗くと、しんしんと雪が降り積っていた。

凜々は俺の部屋で、仲良く宿題をやっていた。

「だって、初めての2人きりのクリスマスだよ!?テンション上がらない!?」

「そりゃあ、お前と二人でゆっくり出来るのは嬉しいが……」

クリスマスだけではないが、今までは俺と凜々、そして雄一郎と凍子の4人で毎日を過ごしてきた。

雄一郎には言わずもがな、明菜さんという恋人ができて、そして凍子に至っては……。


あいつは、あれから学校に来なくなった。


電話も着信拒否、メッセージアプリもブロック。

最後に送られたのが、"今まで楽しかった。ありがとう"だ。

凜々は凍子と従姉妹だから、彼女との噂は嫌でも俺の耳に入ってきていた。

良くない連中とつるみ始めたそうだ。未成年なのを関わらず、飲酒、タバコ。

まぁ、ここまではどの時代でもルールを守らない輩はいる。

そこまではさして問題では無い。

裕福そうな大人を捕まえて小遣い稼ぎ。要はパパ活だ。

から始まり、仕舞いにはなんにも関係の無い民家に火をつけたとか。

これは昨晩、ニュースになっていた。

天野凍子さんが火災の火種として身柄を拘束されたと報道された。

映像も流れた。

ボブカットの短い髪。アホ毛は整われており、酷くやつれていたが、間違いない。凍子本人だった。

「あの女のこと心配?」

「まぁ……な」

俺は険しい表情でもしていたのか、凜々が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あいつはしばらく牢屋から出てこれないみたい。ニュースにはなってないけど、チカンの冤罪なんかもやってたみたいだし」

「でもね、今だけは私を見て欲しい」

凜々が続ける。

「私はずっとあなたが好きだった。だから健人ちゃんと2人きりは嬉しいの。あの女のことは忘れて?」


はーい、作者通りまーす。

この作品を熱心に読んでくれていたそこのあなた、違和感にお気づきだろうか?

凍子と凜々の関係の変化に兆しが起きていた。

そこにお気づきだろうか?

しかし目の前の凜々は……?


「なぁ、凜々」

「何?健人ちゃん」

「お前は緑葉凜々か?」

すっと真顔になる目の前の少女。

そしてニヤッと口角を上げる。

「なんで気づいたの?」

「俺の知ってる凜々はもう凍子のことは《あの女》呼ばわりしない。名前でちゃんと凍子と呼ぶ。けど、お前は凍子のことをあの女と呼んだ。凜々のこと隣で見てきたんだ。これくらい気づくさ」

「いいなぁ、愛されてて」

羨ましそうに、自身の体を舐めるように目線を動かす。

「で、お前は何者だ?」

「私?私は春川凜々」

「春川、凜々……?」

どこかで聞いた名前だ。酷く懐かしくて、酷く胸が熱くなる。

「私は別次元の緑葉凜々。そしてこの子の前世よ」

「別次元、前世?」

「そう。聞き覚えない?」

確か紅葉さんが話していた。

別の次元で俺たちは凍子に殺されたんだったな。

「凍子に殺された亡霊が俺を迎えに来たのか?」

自分でもびっくりするくらい酷く冷静だった。

「ううん、違うよ。迎えに来たんじゃないの。私が緑葉凜々になり代わりに来たの」

「何のために?」

「健人ちゃんと幸せになりたいから」

向こうも冷静。淡々とお互い言葉を発する。

「覚えてる?健人ちゃん、私に誓ったこと」

「なんだ?」

「『大きくなったら結婚しよう』そう言って両手で抱えきれないほどのたんぽぽの花をプレゼントしてくれたことを」

ぼんやりとだが、記憶が再生される。

どこかでたしかに俺は女の子にそうプロポーズしていた。

「神様って意地悪だよね?別の次元に放り込む時に私には緑葉凜々というもう1人の人形を作り上げて健人ちゃんとあの女と雄一郎君は同一人物なんだもん。なんで私だけ仲間外れにしたんだろ?」

「さぁ?俺は神じゃないからわからん」

「そうだよね。それで、答えを聞かせて?私を選ぶか緑葉凜々を選ぶか」

そんなの決まってる。

「たしかに、春川凜々、お前にプロポーズした。けど、俺は今の、緑葉凜々が好きなんだ」

表情は変わらないように見えたが、瞳には微かに陰がかかった。

「そっかー。わかった。ありがとう。これで私は未練が無くなった」

「未練?」

「そう、私は健人ちゃん。あなたが好きでした。来世では幸せになりたかったけど、結局別次元で産まれたもう1人の私にその席、盗られちゃった。なんで私が来たか、話聞いてもらっていい?」

「おう」

「健人ちゃんはマルチバースって知ってる?」

「多次元宇宙論だろ?」

なんか難しそうな話始まったな。

「そう、この子、緑葉凜々があの女に襲われた時、健人ちゃんの脳に3つくらい選択肢出てこなかった?」

「あー、なんとなく浮かんだ気がする」

「その時にね、世界は3つに割れたの」

「ほう?」

「その1」

春川凜々が指を1本立てる。

「あの女を選んだ世界」

「ふぁ!?」

「その2」

2本目を立てる。

「緑葉凜々を救えなかった世界」

「ふぁ!?」

そして最後。

ゴクリ。緊張のあまり唾が喉を通る。

「この世界、緑葉凜々を救えた世界。そして私、春川凜々があなたの前に現れた理由。それは4つ目の世界が誕生するか否か確かめに来たの」

「4つ目の世界?」

「そう、緑葉凜々ではなくて私を選んでくれる世界」

「それはどうなったんだ?」

俺の問いに肩をすくめる彼女。

「残念、生まれなかった」

「なんでわかるんだ?」

「健人ちゃんは一瞬でも私を選んでくれる選択肢浮かんだ?」

「いや」

首を横に振る。

「でしょ?あの子が愛されてるってわかっただけでも十分だよ」

けど。

と彼女は続ける。

「私からのクリスマスプレゼントもらってくれる?」

「俺たちに害のないものなら」

「大丈夫。ただの花かんむりだよ」

そう言ってどこからか、たんぽぽの花かんむりが現れた。

「どこから出たのそれ!?」

「え?異次元空間からだけど?」

「お、おう。そうか」

なんか妙に納得できた。

「で、これなんだけど。これは健人ちゃんがプロポーズしてくれた時に貰ったたんぽぽで作ったものなの。安心して。全知全能の神様が未来永劫枯れないように特別な力を宿してくれたから」

「お、おう」

「健人ちゃん」

「うん?」

春川凜々が俺に向き直る。

「私にとってあなたは光だった。孤独という絶望の崖に落とされて這い上がろうと躍起になっていた私を救ってくれたのはあなた。だから、たとえ、私を選ばなくとも、これだけは伝えたかった。ありがとう」

「そっか、前世の俺はお前を助けたのか」

「うん」

「春川凜々」

「うん?」

「来世では、別次元では幸せになってくれ」

「うん。ありがとう。早速、神(さくしゃ)に私を幸せにしやがれおらああ!って怒鳴り込んでくる」

「その気概があればなれるさ」

「っしゃ!絶対幸せになってやる!」

キャラ崩壊してるぞー。と突っ込む前に、春川凜々は電源が切れたかのように、意識が飛んだ。

目覚めたのは約10分後。

パチリ。

そんな擬音が聞こえた気がして凜々に目線を向ける。

「凜々、おはよう」

「おはよう、健人ちゃん」

目を擦る凜々。

「健人ちゃん!?なんで!?」

あ、これ完全に俺の知る緑葉凜々だ。テキトーに名前でも確認しようと思ったけど、その手間省けた。

「私は、健人ちゃんにおやすみメール送って、起きて学校から帰ったらクリスマスプレゼント選びに行こうと思っててそれで……そこからの記憶が無い!?」

という事は春川凜々、今日の朝から乗り移ってたのか。

「お前な、幽霊にからだ乗っ取られかけてたんだぞ?」

「なにそれ怖い!」

「まぁ、落ち着いてくれ。クリスマスの予定でも立てようぜ」

「これで落ち着けと!?ってあれ?」

騒いでいた凜々の目線がひとつの物に集中する。

「それ何?」

指さしたのは、たんぽぽの花かんむりだった。

こうして俺は、たった今会った前世の別次元の凜々について話をした。

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