第42話
「先生。野元海人を殺したのは彼らが原因じゃないですよ」
「え?」
「彼を殺したのは、中津川先生です」
「……何、言って」
「彼は先生に振られても諦められなかった。一緒にいたいと願っても、先生は拒否してしまった。それならと彼は、最良の方法で先生の心の中に入り込もうと考えた。先生、地面に叩きつけられた彼は、どんな様子でしたか?」
「あなた、彼の事を知らない……でしょ」
「日記をね、見つけたんです。彼はいかにあなたに忘れられない様にすればいいか、考えていたみたいですよ」
屋上の隅で、岳が暴れる黒部を持ち上げていた。彼の動作はまるで機械のように無機質だ。僕の横では中津川が「うそうそ」と同じ言葉を繰り返し、首振り人形のように頭を振っている。そして黒部の絶叫が響いた。それが合図だったかのように中津川は走りだし、勢いよく柵を越えると、空に羽ばたこうとする雛のように、夜の空に飛びだった。
岳は一瞬、何が起こったのか分からなかったのだろう。数秒、時が止まったように固まっていた。ようやく何が起こったか理解したようで、下を覗きこんだ後、帰ろうとする僕を追いかけてくる。
「大野!」
思いっきり肩を引き寄せられ、足元がふらつく。
「どうしたの? 僕はもう帰るよ。明日、色々とまた騒がしいだろうけどね」
「そうじゃない! 中津川先生が!」
「ああ……飛び降りたみたいだね」
「なんで?! お前、何を言ったんだよ!」
「何、僕が何かしたとでもいうの? 彼女は彼女の意思でああしたんじゃないか」
岳からの熱気が、蛇が腕に纏わり付くような不快感があった。
「興が反れたね。離してくれないか」
それでも彼は僕の肩を離さないので肩で大きく振り払った。僕は一旦、二人が倒れている現場に寄ってから家に帰った。
翌日、学校は大騒ぎで授業どころでは無かった。岳の机を見ると鞄がある。登校はしているようだ。僕も鞄を置いて身軽になると、図書室に向かった。中に入ると、会いたかった彼が座っている。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
彼はいつものスタイルで本を読んでいた。
「やっぱり君と僕は、気が合うよだね」
「それは……あまり嬉しくはないですね」
でも本当に嫌がってはいないようだ。なぜなら顔には笑顔がある。
「また人が死んだよ。今回は中津川先生もだけど」
「そうですね」
彼からは悲しみ、同情のようなニュアンスはない。反対に清清しさがある。
「僕には、大野先輩と同じ気質のようなものを持っているのかもしれません」
「そんな気は僕もするよ。だから残念だよ。一緒にいれないのが。君はずっとここにいるの?」
「どうでしょうか」
それは本当に分からないと言った表情で、考えてはいるが答えが見つからないといったところだろうか。
「そうそう、一応確認しておきたい事があるんだ」
「なんですか?」
「佐伯が飛び降りた時、君は屋上に行ったね?」
「はい。ああすれば諏訪部、先輩が疑われなく済みますから」
「だよね。あんなこと出来るのは君だけだろうし」
彼は本当に楽しそうに、子供のように笑っている。
「でもいつからですか? 気が付いたのは」
同じフレーズを、昨晩も聞いたので妙におかしかった。
「岳がね、雨に濡れているのを見て確信に変わったかな。でも確証がなかったから勝手に岳の家に忍びこんで、海人くんの家に行って自信が持てた。そもそも野元(のもと)海人(うみと)って何か語呂がおかしかったしね。違和感は元々あったかな」
「語呂?」
「ああ。姓と名が同じ文字で終わる名前の付け方、姓によって違和感はないのもあるけど、君の場合、姓が『と』で終わって、名前も『と』で終わっているよね。まるで個々に独立しているみたいに。そのあと岳の濡れた姿を見て、もしかしてと思ったんだよ」
彼は少し上を見ながら、考える素振りをみせ、納得したようだった。
「悪い人ですね」
「君もだと思うけど」
「これからどうするんですか?」
「僕は何もしていないから、どうもこうもないよ。君こそどうするの?」
彼は花が咲くように満面の笑顔になった。
「あなたのお陰で、彼女とずっといれますから」
「……それは計算だった?」
「いえ。でも感謝はしています」
「なんだかねえ……僕的はおもしろくとも何ともないな」
「でしょうね」
穏やかな時間だった。岳は岳で楽しいのだが、彼には違った同類にも似た感覚があった。
「岳には会わないの?」
「別にいいんです。彼の中で僕は、綺麗なままでいたいので」
「そう」
僕は立ち上がり、以前の途中まで読んでいた本を手にして席に戻った。彼は既に姿を消していた。
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