第27話
「僕は普通科だったんですが、図書室でよく会うようになって仲良くなったんです。それから互いの本を貸し借りしながら、感想を言い合ったり……楽しかったです」
母親の目は、僕に対して感謝であり、息子を重ねているようにも見えた。
「そうなの。海人の部屋には沢山の本があるのよ。部屋に入ると、いつものように椅子に座って本を読んでいるんじゃないかって……探してしまうのよ」
母親は手を顔に当てながら、薄らと涙を浮かべている。僕は早々に本題を切り出した。
「それで、今更なんですが、彼に数冊の本を貸していたんです。少し思い入れがある本だったので……」
「そうなのね。ならあの子の部屋で探してもらって構わないわ。行きましょうか」
「すみません」
母親は力なく微笑んだ。
「さあどうぞ」
部屋は十畳ほどでかなり広々としており、壁の様にある本棚には、ぎっしりと中身がつまっている。
「作家名とタイトルは分かるかしら?」
僕は適当に数冊の題名を伝えると、母親が机の中やカバンの中を探っていた。部屋にはまだ生活感があり、母親が彼が生きていた時の様に接していることを伺わせられた。
「無いわねえ。あの子ったらどこに置いたのかしら」
失笑しそうになった僕に、母親の顔が向けたれる。
「笹川くん。よかったらゆっくり探して行ってちょうだい。なんなら置かれている本を持って帰ってもらってもいいわ。あの子の形見として」
なんだかこの母親の内容は、野元海人が生きているようでありながら、死んでいる事を自覚している、何とも奇妙な話し方だ。
「ありがとうございます。それじゃあ」
僕はゆっくりと本棚に向き合う。
「ゆっくりしていって頂戴。私は蔵の事務処理があるから、何かあったら玄関を出て左の奥にある事務所に来て頂戴ね」
何の疑いもせずに母親は、僕を残して部屋を出て行った。でもそれは好都合でもあった。足音が遠のき、玄関から出て行く音を確認すると、まず机からゆっくりと捜索を始める。野元(のもと)海人(うみと)がどういう人物だったか分からなかったが、彼は日記を付けていたんじゃないかと考えるようになっていた。
文芸部に入部してから、創作活動をしている人達が集まる幾つかのコミュニティをネットで徘徊していたの事だ。その中に日記を付けるという書き込みを何件も目にした。ただ日常を書くのではなく、小説的に書くという手法だった。何となく彼も書いていたんじゃないかと浮かんだのだ。だがそれが本命ではない。
机の引き出しの奥まで見てみたが、本命の携帯はなかった。取りあえず家族の誰かが入って来てもいいように、適当な文庫本を手に取りながら作業を続けた。
どれくらい経っただろうか。目に付いたベッドの脇にある小さなテーブルの引き出しを開けると、探していた携帯が入っていた。丁寧に充電器も一緒に置かれていたので、充電をしながら中を見てみる。
ロックは掛かっていない。通話履歴とメールの履歴をチェックすると、ほとんどが同じ人物とのやりとりだった。
メールの内容を見ていくと、虐められていた事には全く触れてはいない。相手との他愛もない日常的な内容から互いを励ます内容。そしてチラッとだけ書かれた年上の彼女の事。
携帯からの収穫はまあまあだった。閉じる前に、その人物のアドレスと番号を自分の携帯に登録した。
ベッドに腰を下し、気分も反れてきたので、帰ろうと考え始めていた。持ってきたカバンを手にした時、定番ではあったがベッドと床に出来た隙間を覗きこんでみた。亡くなってからも掃除をしている母親。遺品整理などしていたはずだ。だから駄目もとだった。
ベッド下の奥の方は暗いが何とか薄らと壁まで確認出来た。僕はそこに手を突っ込むと、当てもなく腕を動かした。指先は触手の様にベッドの天板に這わせる。何か紙らしき物の感触があった。見えない指を動かしながら、貼り付けてあるそれを剥がし床に落とす。引っ張り出してみると大学ノートだった。中は普通の日記なのだが、比喩などが所々に使われていた。
内容を軽く確認をした僕は言われた通りに、事務所へ向かった。
「あら、本はあったかしら?」
「ええありました」
「よかったわ。もう帰るの?」
「はい。それと一冊だけ本を頂いてもいいですか?」
「ええ、ええ、持って帰って頂戴。あの子も喜ぶわ」
「ありがとうございます」
僕は頭を深々と下げると、
「また来て頂戴。あの子もきっと喜ぶわ」
「はい」
とだけ僕は答えて帰路に着いた。
週明けは登校する前からすでに疲れていた。押さえきれない好奇心だったとはいえ、週末を潰してしまったのは痛手だった。
「大野、どうした?」
「ちょっと、疲れが溜まってね」
どうせ今日も自習だろうと思いながら、また机に顔を付けようとした。始まった一限目のプリントを即座にやり終え、机で寝るを繰り返した。今度は変に眠り過ぎたせいか、頭がぼうっとしていた。
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