ダンジョンRe:Try~都市伝説系ダンジョン配信者はバズりたいメカ配信者と出会う~

海星めりい

ガール・ミーツ・ガール?

第1話

「これはちょっーとまずいかな~」


 私――犬飼いぬかい ミミは眼前のモンスターの群れを眺めながら呟いた。

 軽く言っているように聞こえるかもしれないが絶賛ピンチの真っ最中だったりする。

 眼の前にいるのは中型種モンスターのパレード。


 ダンジョンの通路にひしめくモンスターの目は完全に私をターゲットとして認識しており、逃がしてくれる雰囲気ではない。

 一体程度なら自分ひとりでも倒せるレベルだが、それはあくまで一対一でそこそこ時間をかけても良い場合の話だ。

 一体ずつ倒そうにも絶対に横槍が入る。

 この数を処理するのは無理だろう。


「通路二回曲がっても追ってくるじゃん!?」


 なんとか逃げ切れないかと、撤退用の閃光弾やスモーク手榴弾を投げて適当にいなしながら逃げているのだが、モンスターの勢いは衰えない。

 何回か通路を曲がったら逃げ切れた……なんて、話を聞いたこともあったが通じていないようだ。

 ひょっとしたら、群れの何処かに感知系のモンスターでもいるのかもしれない。


「……やっぱり裏は怖いねー。ごめん、皆、最後かも」


 冷や汗を流しながら、私に追従している小型カメラに向かって謝罪しておく。

 ゴーグルの端に勢いよくコメントが流れていった。


〝最後とか言わないでー!〟

〝あきらめちゃダメだよ。〟

〝救援部隊は!?〟

〝そんなすぐにこねえよ!?〟


「あー、うん。もちろん一応、頑張るけど。皆も覚悟しておいてね。まあ、ホントにやばかったら配信自体切るか切れるか、強制終了するでしょってことで逃げる!」



 ********************************



 ダンジョンでの探索が始まったのも今は昔。地球上でダンジョンと呼ばれる謎の迷宮が生まれたのはいつからなのかは誰にもわかっていない。

 わかっているのは三つだけだ。

 内部が様々な特徴を持つ迷宮となっていること。

 モンスターと呼ばれる怪物がいること。

 モンスターの存在する迷宮を探索し、素材や財宝を持ち帰る探索者と呼ばれる者たちがいること。


 貴重な素材や名声を求めて数多の探索者がダンジョンへと挑戦していった。

 そこには幾多の英雄たちの物語と語られなかった凡夫の物語が存在していた。

 探索者たちは富と名声を求めて、今日もチャレンジしていく――というのは、すでに過去の出来事。


 現代では探索者たちの稼ぎ方も変わってきた。

 数多の探索者が安全に探索できるよう環境を整えていった結果、探索者たちの生存率こそ高くなったものの、希少な素材などでなければ富と名声が手に入りにくくなってしまったのだ。

 そこで、誰が始めたのかここ最近話題のなっているのは、ダンジョンでの戦闘や冒険をインターネットを使って、配信する――次世代型探索者たち。

 そう、ダンジョン配信者と呼ばれる者たちだった。


「はーい! 信じるのか信じないのかはアナタ次第! 今日もヤバい秘密に挑戦するよ! 都市伝説系ダンジョン配信者の犬飼ミミでーす!」


〝まってましたー!〟

〝ミミちゃん、かわいいー!〟

〝今日はどこー?〟


 紫紺の壁に囲まれた通路で一人の少女が中に浮かぶ球体に向かって手を振りながら、大仰な身振り手振りで語りかけていた。

 球体にはカメラが取り付けられており、少女が一番かわいく見える角度でしっかりと映している。


 犬飼ミミと名乗った彼女は、サイドに赤いステッチが施された黒のホットパンツとオーバーサイズのTシャツに黄色のジャケットを羽織っていた。

 彼女の髪はミディアムレングスの黒髪をポニーテールにまとめており、デフォルメされた犬のキャラクターが『Bow!』と吠えているキャップを被っている。


 一見すると、探索者に見えない格好だが、腰にはベルトといっしょに武器や道具が存在しているうえ、首や腕にも魔道具と思われる装飾品が取り付けられていた。

 目元のゴーグルにはカメラの向こうにいる視聴者のコメントがながれていた。


「本日はですねー。草薙ダンジョンに来ていまーす!」


〝おー、有名なとこだー〟

〝わりと探索が進んでいるとこだね〟

〝今日はどれくらいするのー?〟


「そうそう、草薙ダンジョンといえば有名ダンジョンの一つ。だけど、ここにも幾多の噂や伝説があるわけです。それを調査していくってわけだね。それで、配信時間だけどネタはいくつか持ってきたから、二~三時間ってとこかなー。もちろん、終わる時間はネタ次第だけど――当然、万が一の準備もいつも通りだから安心してねー」


 自分で言っていることから分かる通り犬飼ミミはダンジョン配信者の中でも、真面目な冒険を見せたり、貴重な素材を求めて深くまで潜ったりするような探索者ではない。


 いわゆる、エンタメ系というやつだった。

 事務所には所属しているものの、あくまで配信者の寄合所的な事務所なので、ミミにはマネージャーがついておらず、ほぼ個人配信者といっても過言ではない。

 それでいて五〇万人を超える登録者が存在しているのだから、十分に人気配信者といっていいだろう。


「まずは試すのはー、どるるるるるるるるーーーーじゃん!」


〝かわいい〟

〝草〟

〝相変わらす、口で言うのねw〟

〝それがいいんだろ!〟


 配信での音の付け方がわからず、最初の配信で焦ってやってしまってから、名物となった口ドラムロールを入れつつ一つ目に試す都市伝説について発表する。


「草薙ダンジョン、二階層の泉に一定数のコインを投げ入れると、水の精霊が現れてアナタが落としたのは――と問いかけてくる! という都市伝説です!」


〝それって……〟

〝トレビのいず――〟

〝木こりの童――〟

〝バカ、やめろ!?〟

〝なんか混ざってないw〟


「さっそく向かっちゃいましょー!!」


 コメントの反応を追いつつ、ミミは最初の目的地であるダンジョン二階の泉へと向かっていった。


「ほっ!」

 道中、ダンジョンで飛び出してきた、ツインホーンラビットなどのモンスターを倒しつつ進んでいく。


〝さっすがー!〟

〝お見事!〟


「いやいやいや、褒めてくれるのはうれしいけど。一階層や二階層のモンスターで褒められても困るよー」


〝いや、でもいい腕してるよ〟

〝キレイな太刀筋〟

〝俺よりは絶対うまい〟


「もー、おだてないでってばー」


 ミミはエンタメ系のダンジョン配信者といってもソロで活動している探索者だ。高難易度でもない普通クラスの草薙ダンジョンの低階層のモンスターに苦戦するような実力ではない。

 ダンジョンによっては下層クラスに行くことも可能だろう。

 だが、それだけだ。


(褒められるのは嬉しいけど、自分の腕前は自分が一番良くわかってるんだよね―)


 ミミは自分の実力じゃ英雄的な活躍をするダンジョン配信者になれないことはわかっていた。

 だから、こうして都市伝説系ダンジョン配信者なんてものをやっているのだ。


「とうちゃーく!」


 ミミがたどり着いた泉は部屋の角に大きな泉が存在していた。

 ただ、その泉は周りに木々が生えているような自然にできたものではなくて、明らかに作られたものとわかる白い石造りの泉だった。

 こういった建造物がダンジョン内でも時折確認されている。


 泉の水が聖水の役割でもはたしているのか、ここにモンスターが現れることはない。

 セーフポイントと呼ばれる他のダンジョンにも時折存在している場所だった。

 しかし、二階層のモンスターに本気で襲われて困る探索者などいないので、今となってはこの泉を訪れるものは少ない。

 ミミが、やってきたときも人っ子一人いない有り様だった。


「精霊さん、精霊さん、出てきてください」


 それじゃあ、早速とばかりにミミがポチャン、と一枚のコインを投げ入れてみるも泉はなんの反応も示さなかった。


〝なにもおきなくて草〟

〝シーンとしてるw〟


「まあ、一枚じゃそうだよねー。この一定数のコインってのは諸説あるんだけど今回は一〇〇枚用意してきました」


〝少なっw〟

〝いや、このコインって……〟

〝ダンジョンのじゃん!?〟


「そうでーす! ダンジョン産のコインだよ! お値段は――言うとアレなんで秘密です。というか、ドロップするまで配信の裏で集めただけだから買ったのはほとんどないよ!」


〝おいおい……〟

〝言ってるようなもんだろw〟

〝そういうのこそ配信しよーぜ〟

〝ちょっと買ってるの草〟

 

 ダンジョン産のコインはその名の通りダンジョン内から算出するコインだが、使われている金属次第で値段が変動する。見た目ではそこまで分からないが極稀に希少な金属が含まれていることがあるので、いい値段で取引されているのだ。

 ハズレのコインでもある程度金属の比率が分かっているため、最低ランクででも軽く店で食事ができるくらいの値段にはなる。


「作業している配信は私がつまらないからやだ。きりよく百枚にしたかったんだから別に買ったっていいでしょー。じゃ、次々行くよー!」


 ミミは取り出したコインを泉へと放り投げていく。


「これで……一〇枚! ――なーんにも起きないねえ……続けて一〇〇枚、いっくよー!」


 一〇枚を投入しても何も起こらなかったので、ミミは再びコインを投げ入れていく。

 一枚一枚投げ入れているのは配信という見栄えを意識してのことだが、それ以上にいきなりいれて個数がわからなくなったりするのを防ぐためでもある。


〝ああ……そこそこ貴重なコインが消えていく〟

〝今、投げたの色味が若干違った気がしたんだけど、ランクAのコインじゃなかった?〟

〝有識者ニキ!?〟

〝ランクAが本当なら車買えない?〟

〝すぐに拾えー!?〟

〝泉の底って確認されてたっけ?〟


「九十八―、九十九―、一〇〇! 一〇〇枚投げ入れましたー」


 泉の水は透明度こそ高いものの底の方は全く見えない。かといって、三階層につながっているわけでもない。ダンジョンの不思議の一つだった。

 ミミが投げ入れたコインも最後の方はともかく最初に投げ入れたのはすでに見えないところまで落ちていってしまっている。


「もう一回精霊さんに呼びかけてみます。精霊さん、精霊さん、出てきてください! 私が落としたのはダンジョンのコインです!」


 パンパン、と神社で拝むように二礼二拍手一礼で精霊へと呼びかけてみる。


〝落としたというか投げ入れたというか……〟

〝現れる前に答えていいの?〟

〝神社じゃないんだから……〟

〝キレイなお辞儀で草〟


「ふふん、礼儀はキチンとしないとね。特に反応はなしだけど……一応ちょっと、待ってみようか」


 何も起きない状況だが、ミミは特に焦ったりしない。都市伝説を試している以上、こういったことはよくあるし、コメントを含めて場をもたせられなければダンジョン配信者など出来ないからだ。

 そのまま、コメント欄とやり取りをして待つこと十分。

 キリが良いと思ったミミはカメラに向かって両手を広げた後、勢いよくバツをつけて宣言する。


「えー、全く出ませんでしたー。今回の都市伝説は――――当然ガセ認定ー!」


〝草〟

〝草〟

〝草〟

〝毎度おなじみのガセ認定〟


「いやーダメだったねー。ダンジョンのコインなんてものを使うから、行けるかと思ったんだけどなー」


〝なんでいけると思ったん?〟


「そりゃ、わりと具体的だったからだよー。ふんわりとしたのでも試してみるけど、やっぱ具体的なのは試してみたくなるじゃん? 裏世界から回り込んでーとかさ」


〝ワザッ◯!〟

〝草〟

〝アナタを訴えますがよろしいですね!〟



「訴えませーん。ガセネタ一つ一つに文句言ってたら、都市伝説なんてやってられないでしょ―」


 そこで、言葉を区切ったミミは一呼吸おいて、まくしたてるように喋りだした。


「ただ、コインをぶつけられたことに怒ったモンスターが出てくるとかさ、そういうイベントでもよかったわけ。もしくは『うわー、こんなにコインをプレゼントしてくれるのですか? アナタは素晴らしい人です』っていいながら、仲間になりたそうにこっちを見ている系のモンスターでも可」


〝望みが両極端過ぎるw〟

〝早口、やめてね〟

〝モンスター喋ってんじゃん……〟

〝なんか、それもどっかで聞いたような……〟


「はーい、オチもついたところで次の都市伝説にいってみたいと思いまーす」


〝ついた……のか?〟

〝まあ、こういうノリよね〟

〝都市伝説他になんかあったかなあ?〟


「次は――どるるるるるるるるーーーーじゃん! 怪異なのか怪人なのか!? 妖怪全裸男現るです!」


〝草〟

〝草〟

〝草〟

〝モンスターですらないw〟

〝いや、ある意味モンスターだろw〟

〝装備品失った探索者ってオチだったりしない?〟

〝ミミちゃん! そんな卑猥なのはダメだよ!〟

〝卑猥か?〟

〝まあ、卑猥っちゃ卑猥じゃない?〟

〝カメラが勝手に判断してモザイクになるんじゃね―の?〟

〝ミミちゃん! そんな卑猥なのはダメだよ!〟

〝ミミちゃん! そんな卑猥なのはダメだよ!〟


「目標階層は、草薙ダンジョン一〇階層。そこでの目撃証言がありました。本当に全裸の男の人だって話もあり得るし、人形のモンスターの見間違いって可能性もあるしねー」


 若干、荒れてきたコメントを無視して話を進めていく。本当にマズイくらい荒れたら、勝手にBANされているし、ミミが自分でも削除しすればいいだけなので、正直このくらいなら荒れたうちに入らない。


 道中に出てくるモンスターを撃破しながら、ミミは一〇階層目指して、ダンジョン内部を駆けていく。

 まだまだ、このあたりのモンスターでミミの手を煩わせるような存在はいない。


「というか、探索者ならモンスターのは割と見慣れている人も多いんじゃない? 腰巻きくらいしかしてないの結構いるし、初心者なら慣れてなくて悲鳴をあげる子とかもいるかも知れないけど……ね!」


〝【速報】 ミミちゃん アソコを見慣れていた〟

〝草〟

〝草〟

〝草〟

〝やめろ、笑かすなw 〟

〝お茶こぼれるw〟


「それは、ライン超えてるよね?」


 モンスターをナイフで切り裂き、構えたままの状態でカメラの方を向く。

 形の良いアーモンド系の目が細められ、カメラ――の向こう側の視聴者を思いっきり睨みつけていた。


〝さーせん〟

〝さーせん〟

〝ほら、男子―止めなよー。ミミちゃん怒っちゃったじゃん〟

〝草〟

〝草〟

〝草〟


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