第17話 密室の満員電車

 とある日の放課後。


 学校の最寄り駅から電車に乗ると、すぐに電車が緊急停止した。


 それから、電車はそのまま一時間ほど動かなくなった。そして、ようやく動き出した電車が次の駅に止まったとき、駅のホームには多くの人の姿があった。


「やっぱり、凄い人だね。伴教くん、私とドアの間に入って」


「え、入れって?」


「だから、こうするの」


 鈴鹿は俺を電車の扉と鈴鹿の間に立たせて、両手壁ドンなるもので俺にしてきた。


 俺は鈴鹿に突然ぐっと距離を詰められて、心臓の音をうるさくさせてしまう。


 鈴鹿と俺は身長差があることもあって、鈴鹿は上目遣いで俺を見つめていた。


 いやいや、妹だと分かっていても、急に可愛い子にこんな距離まで詰められて動揺しない童貞はいないだろ!


「な、なんで急に壁ドンを?」


「なんでって、こうしないとお兄ちゃんが危険でしょ。わっ」


 すると、俺たちのいる方とは反対側の電車の扉が開くなり、一気に多くの人がなだれ込んできた。


鈴鹿はぐっと電車の扉に着いた手に力を入れて、俺のスペースを確保してくれている。


 ……どうやら、これは男女間の甘々な壁ドンなどではなく、痴漢などから恋人を守るためにやる際の壁ドンらしい。


 以前いた世界でも何度か見たことがあるが、普通は男女逆でやるものだ。


 鈴鹿をちらっと見ると、鈴鹿はすでに腕を小さくプルプルと震わせていた。


 まぁ、当然だろうな。普通に女子の腕力でどうにかなるような人混みじゃないし。


「鈴鹿。そこまでしてくれなくても大丈夫だって」


「でもっ、こうしてないとお兄ちゃんの安全が確保されないっ」


 鈴鹿はそう言うと、さらに強く踏ん張って俺のスペースを確保してくれていた。


「いや、逆にそこまで気を遣わせちゃうのが申し訳ないって」


 しかし、俺がいくら鈴鹿にやめさせようとしても、鈴鹿はやめることなく踏ん張っていた。


 ……あれ? この状態で鈴鹿が両手壁ドンをやめたときって、鈴鹿に抱きつかれる形になるんじゃないか?


 俺は一瞬そんなことを考えてしまい、さらに心臓の音を大きくしていた。


 いやいや、今はそれよりも鈴鹿の安全の確保が先だ。


 俺はそう考えながらも、さっきの考えが頭から離れず微かに声を裏返させる。


「む、むしろ、俺に体預けてくれてもいいくらい、だぞ」


 やばいっ、凄い意識していると思われたんじゃないか? 凄い童貞臭い言い方になった気がする。全然小説みたいにサラッといえなかったんだが。


 俺が恥ずかしさで顔を熱くしていると、鈴鹿が俺を見上げてきょとんとした。


「え、い、いいの?」


 鈴鹿がそう言った瞬間、電車が大きく揺れた。


 そして、人ごみに押されて耐えられなくなった鈴鹿が、俺の胸に飛び込んできた。


「うおっ、お、おおっ」


 俺は押し付けられた制服越しの双丘の柔らかさと、咄嗟に抱いてしまった華奢な肩を前に、そんな情けない声を漏らしていた。


 人生で初めて女の子を抱いてしまったということもあり、俺は色んな衝撃で頭の中がパニックになっていた。


 いや、女の子といっても血が繋がった妹らしいけど。


 ていうか、なんか凄いい匂いするんだけど⁉ なんで同じ洗剤使ってるのに、ここまで匂いが違うんだよ⁉


 俺はしばらく何も言えず、『あー』とか『うー』とか唸っていた。


 それから少しして、鈴鹿が結構な勢いで俺の胸に宇飛び込んできたことを思い出して、俺は鈴鹿の肩を優しく叩く。


「ええっと。鈴鹿。大丈夫か? け、怪我とかしてないか?」


 俺がおっかなびっくり声を掛けると、鈴鹿は特に返事をすることはなかった。そして、返事の代わりに俺の胸に顔をこすりつけてきた。


「す、鈴鹿?」


「うへぇ、お兄ちゃんっ」


 鈴鹿は気の抜けたような声でそう言って、また俺の胸に顔を擦りつけてきた。


 な、なんか顔がとろんとしてないか? こんな満員電車なのに?


「すぅーーっ」


 すると、鈴鹿は何を考えたのか急に匂いを嗅ぎ始めた。それから、にへらっと笑って満足そうな顔をしている。


 距離がっ、近すぎるっ。ていうか、心臓の音聞こえてんじゃないのか? 妹相手にこんなにドキドキしているってバレていいものなのか?


 俺は人ごみで上手く行動をとることもできず、そのまま鈴鹿に抱きつかれ続けることしかできずにいた。


 我慢、我慢だっ。い、色々と我慢だっ。


 頭の中で素数を数えること十数分。扉があく音が聞こえて顔を上げると、大勢の人が停車駅でホームに降りていった。


 俺は人混みから解消される嬉しさと、鈴鹿との距離が離れる残念さを抱きながら、落ち着かせるために深く息を吐く。


「ふぅ、一気に人が減ったな? って、あれ? 鈴鹿?」


 目の前にいたはずの鈴鹿がいなくなったので探すと、鈴鹿が緩んだ顔のまま人の波に押されてホームに押し出されていたのが目に入った。


「す、鈴鹿!」


「え? お、お兄ちゃん!」


 鈴鹿は俺の声を聞いて慌てて電車に戻ろうとしたが、それよりも先に電車の扉が閉まってしまった。


 そして、電車はそのまま加速していってしまった。


 もしかして、密室の状態で貞操逆転世界で一人きり?


 俺はそんな状況に、思わず顔を引きつらせるのだった。



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