混乱
学園内で起きた衝撃的な出来事に、生徒たちは混乱状態で収拾がつかなかった。すみれのクラスメイト達は、捕食者を直接目撃していて、興奮状態でその状況を伝えたり、スマホで家族へ連絡したり、警察へ通報した者も居たようで、けたたましいサイレンと共に、赤色灯を灯したパトカー、消防車、救急車まで駆け付けたのだった。
ここまで来ると、学園内で収めることは出来ない。学園長も、警察が来るまでに、この事態について、詳しい内容までは把握できずにいた。
襲撃されて、皆がまだ、混乱状態の中、能力者たちは、捕食者を捕らえて、学園長室へ事態の報告を行った。
「何が起こったのですか?」
女性の学園長は、緊張した面持ちで、すみれ達に尋ねた。
目の前には、鉛色の鎧を身に着けた捕食者が、意識を失った状態で倒れている。
「簡潔に説明します。これは地球外から来た知的生命体で、私たち人間を食べる捕食者です。今回、三度目の襲撃ですが、一度目と二度目の襲撃は、この捕食者が、何らかの方法で、みんなの記憶を消していて、捕食された二人の犠牲者の記録も消されています。捕食者は一体ではないという事なので、これを捕まえても、次の襲撃はあると思います」
と数学教師の笹崎が説明した。
「これが地球外知的生命体であると?」
と学園長は訝し気な表情で言うと、捕食者に近付こうとした。
「近寄らないで、危険です。これは大きな口で、人を食い千切るのです」
と笹崎が言うと、
「それを信じろと言うの?」
と学園長が疑うように聞く。
「学園長、これは現実です。信じがたい事態が発生しているのです。僕たちは能力者で、捕食者に記憶を消されることはなく、捕食者に食べられた生徒が誰であるかも記憶に残っています。そして、ここにいる山田太郎君も地球外から来たのです。この捕食者たちに、彼の星の住民は全滅させられて、彼自身も死に、この身体はナノマシンで出来ているのです」
と生徒会長の沖田が、笹崎の説明を補足するように言った。
「あなたまでそんな事を。何が何だか……」
真面目でいつも正しい意見を述べる生徒会長の言葉に、学園長は更に頭を悩ませた。
「学園長、私の能力はサイコキネシスとテレパシーです。少し力を見せますね」
と言って、オカルト先輩こと、石原が部屋にある重厚なローテーブルを持ち上げた。
「な、なんなの⁉」
学園長が声を震わせた。
「驚かせてすみません。サイコキネシス、念動力です。念の力で物を動かせます」
と石原が言う。
「僕、本当に地球の外から来たんです。そして、身体はナノマシンだから、どんな形にも身体を変化させることが出来ます」
と山田太郎は、自分の手を赤いバラの花束に変えた。どうやら、彼はこの地球の花が気に入っているようだ。
「手品?」
学園長の頭の中は、もう混乱状態だった。
その時、それまで動かなかった捕食者が僅かに身体を動かした。それに気付いた姫野愛が、即座に捕食者を結界に包んで言った。
「みんな離れて。今、結界に包んだけど、安心はできない」
結界の中の捕食者は、突然何かに囚われた事に動揺し、暴れ出したが、結界を破ることは出来ずにいるようだった。
「何なの⁉ これは本当に生き物なの⁉」
学園長が驚き、後退りしてソファーに躓き、後ろ向きに倒れたが、瞬間移動で学園長の後ろへ移動して支えた沖田が言った。
「学園長、落ち着いて下さい。僕たちがお守りしますから」
そして、
「これからどうしたらいいか、指示を下さい」
と学園長に指示を仰いだ。
「指示? 私はどうしたらいいの?」
学園長は、まだ冷静さを取り戻せずにいた。
外ではサイレンが鳴り響き、緊急車両が続々と入って来た。そして、警察官が、この学園長室へとやって来た。
ドアが激しくノックされた。
「どうぞ」
学園長が言うと、年配の警察官と、若い警察官が入って来た。
「あなたが、学園長ですか?」
と年配の警察官が尋ねると、
「そうです。学園長の真田真紀子です」
と学園長が答えた。
「この方々は?」
と警察官が聞くと、
「この件に詳しい者たちです」
と学園長が答えた。
「そうですか。それでは、何があったのか、詳しくお話を聞きます」
と警察官が言うと、自分の視界に異様な姿の者が入って、少し驚いたように、
「これは一体何ですか?」
と尋ねた。
『学園長、今回の襲撃についてはそのままの事を話しますが、一回目、二回目の襲撃については話さないで下さい。誰の記憶にも、記録もなく、立証できない事を話しても、ややこしいですから。それと、私たちの能力についても、山田太郎君が宇宙人である事も話さないで下さい』
と石原は学園長に思念で伝えた。
突然、頭の中に声が聞こえて、学園長は驚いて石原を見たが、声に出さずに、
『分かったわ』
と心の中で答えた。
この事件について話し終えると、年配の警察官は訝るように彼らを一巡して、その視線は捕食者で止まった。
「それで、これが捕食者と呼ばれる、地球外知的生命体だと言うんですね?」
と警察官が、捕食者に近付こうとすると、結界の中の捕食者は、大きく口を開けて噛みつくかのように威嚇した。
「危険です。近付かないで下さい」
笹崎は警察官にそう、言葉をかけたが、手で制止する事はなかった。業務執行妨害と捉えられて面倒なことになると考えたからだろう。
「なんだ? これは造り物じゃないのか?」
警察官は彼らの話を信じてはいなかったが、あまりにもリアルで、着ぐるみではない事は明白だった。
そこで、無線を使って、特殊部隊を要請した。
「君たちはこれを捕まえたのかね?」
と警察官が聞くと、
「そうです。みんなで力を合わせて」
と笹崎が答えた。
笹崎の両隣には、体育会系で屈強な身体つきの高杉と、しなやかな筋肉質の宝条がいた。警察官は彼らを見て、納得したように頷いたが、
「これは大変危険な生物です。今、特殊部隊を呼びましたから、これを回収していきます。あなた達も、離れていて下さい」
そう言って、警察官は、皆を捕食者から遠ざけようとした。
結界を張っている姫野愛以外は、言われた通り離れたが、彼女だけがそこを動かなかった。
「君も早く離れて」
姫野がどうしたものかと考えていると、
「私たちが捕食者を捕らえた時、強い衝撃で、暫く動けなかったようですが、そろそろ動けそうです。何か、それを拘束できるものはありませんか? 私たちが押さえるので、縛って下さい」
と石原が機転を利かせて言った。
「山下、鎖とロープを持ってこい」
と年長の警察官が若い警察官に指示を出した。
「鎖? 警察官って、そんなの持ってるの?」
宝条がぽつりと呟くと、
「鎖は押収物。ロープは警邏用緊急自動車のトランクに常備している」
と年長の警察官が答えた。
「なるほど!」
と納得したように宝条が言った。
若い警察官は、ロープで両腕を縛り、鎖で身体をグルグルと巻いて拘束した。縛られた捕食者の姿は、何とも無様だった。そして漸く、特殊部隊がやって来て、
「それでは、我々はこれで」
と年配の警察官が言うと、特殊部隊が捕食者を連れて引き上げていった。
「警察の人達、大丈夫かしら?」
と宝条は心配そうに言ったが、
「彼らは訓練を受けたエキスパートなのよ。任せておけばいいわ」
と笹崎が平然と答えた。
「それで、この状況は全く収まっていないけれど、これからどうなるの?」
と石原が聞くと、学園長は深いため息をついて、
「起きた事を生徒たちに説明して、暫く学校は休校にするしかないかもしれないわね」
と学園長が答えた。
そこへ、救急隊員の一人がやって来て、
「怪我人はいませんか?」
と尋ねた。
「ええ、誰も怪我はしていないわ」
と学園長が答えると、
「分かりました。具合が悪い方もいませんか? どうやら、生徒たちの間で集団ヒステリーがあったようで、重傷者は救急搬送しています。軽傷者は、だいぶ落ち着いてきましたが、幻覚を見たようで、同じような証言をしています。化け物を見たと。今後については、カウンセラーによるメンタルケアが必要になると思いますので、学校でその対応をお願いいたします。それでは、失礼します」
と救急隊員は部屋を出て行った。
「ああ~、そういう感じになるのね?」
と石原は呟いて、
「その方が都合はいいけど、警察の方はどんな風にするんだろう? こんな事件、公表するのかな?」
と言葉を続けた。
「警察の判断に任せるしかないでしょうね」
と学園長はため息交じりで言う。
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