第2話 団長がすごいこと言った

「はぁ……はぁ……ロウ……んっ!」


 我らが第六王国騎士団の美人騎士団長──セシリア・ヴァルハルトは、今日も俺の腰の上に跨りながら、頬を赤く染めていた。


 その瞳は熱に浮かされてとろんと潤み、いつもの冷ややかな光はまるでなくて。


 今、俺の胸元に──


「もう、これ、苦しいっ!」


「ふおぉっ!?」


 団長が、自らの胸当てを外した瞬間だった。

 解き放たれたそれは弾むように飛び出し、そのまま俺の顔面に──直撃。


「えっ、えっ、ちょ、団長!? いや、団長!!?」


「黙って。……今夜だけは、私の好きにさせて……っ」


 豊かな膨らみが押しつけられるたびに、全身が沸騰しそうになる。


 何が起きてるのかわからない。

 いや、たぶん、わかってしまったらアウトだ。


 魔物討伐のあとになると、団長は理性が吹き飛ぶ。


 そう。まさに今がそれだ。この前だけかとおもったら今日もだ。


「ロウ、あの一太刀……新人とは思えないほどに強かった……強くて逞しくて、それを見たらドキドキして……」


「しないでください! ってか戻って団長! ちょっと前までの冷たい団長はどこに!?」


「そんなの、知らない……」


 くいっ、と顎をつかまれる。


 間近に見える団長の顔は、美しいなんてものじゃない。

 いつもはピンと結い上げられた金髪が頬にかかり、白い肌が微かに汗ばんでいて……瞳は、熱く濡れていた。


 ──そして、彼女の唇が近づいてきて、


「ちょ、まじで待ってぇえええぇぇ!!?」



 ◇◇◇◇



 ──翌朝。


 何事もなかったかのように、団長は台所にいた。


 すました顔で、紅茶を飲んでいる。

 寝間着から団長服に着替え、隙もぬかりもない。


 ……昨日のあれ、夢じゃなかったよな?


「おはようございます、団長……」


「うるさい。声がでかい」


「はい……」


 そっけない。


 完全にいつもの毒舌モードに戻っていた。


 昨夜あんなことがあった人間に向ける態度とは思えない冷たさ。

 一瞬のスキも、照れも、なかった。


(なんだよこのギャップ……怖い……)


 もしかして、あれは夢だったのか?

 いや、違う。鼻に残るやわらかい香り……顔に感じたばるんばるんの感触……あれは現実だ。


 しかも、団長──昨夜のこと、覚えてる。間違いなく。


 さっき、目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ──耳が赤くなってた。


(……やっぱり恥ずかしさはあるんじゃないか)


 でも素直じゃない。


 素直じゃないどころか、地上最強クラスのツン。


 なのに、また討伐任務が入ったら……あの状態になるんだろうか?


 俺がもぞもぞ考えていると、団長がすっと立ち上がった。


「ロウ。午後から訓練に付き合え」


「は、はいっ!」


「昨日の戦い……まぁ、悪くなかったが、剣筋に甘さが残っていた。今日は徹底的に叩き込む。覚悟しろ」


「……ありがとうございます」


 ありがとう、なのかこれは。

 でも、怒鳴られるのも慣れてきたし、団長と一緒に動けるのは、ちょっと嬉しい。


 なんて思っていたら──


「……あと、昨日のことだが」


 団長の動きが止まった。

 そして、背を向けたまま、小さくこう言った。


「忘れろ。言わなくても、できるな?」


「……は、はい」


 心臓が、妙なリズムで跳ねた。


 団長は何も言わない。

 顔も見せない。


 けど──声が、微かに震えていた。耳も赤い。


 恥ずかしかったんだ。自分でやったのに、顔から火が出るくらい恥ずかしかったんだ。

 でも謝りもせず、言い訳もしない。

 だからこそ、俺も言えなかった。


「……了解です、団長」


 それが俺の精一杯の言葉だった。


 


 ◇◇◇


 


 午後。訓練場。


 今日の団長の指導は、普段以上に厳しかった。

 打ち込みの角度、踏み込みの重さ、回避の所作。

 一つ一つが洗練されていて、言葉は厳しくても、丁寧だった。


 団長として、俺を鍛えるために本気でぶつかってくれている──そう思えるくらいには、俺も団長のことがわかってきた。


 そして──


「来週、また討伐任務だ。今度は地下迷宮の魔蟲種。強敵だ」


「ま、また魔物……ですか……」


 ということは、また……?


「ロウ。あまり余計なことを考えるな」


「え、はい!? な、何も考えてません!!」


「その顔は考えてる顔だ。わかりやすい」


「ぬぅうう……!」


「……もし、次もあんなふうになったら止めてくれ……。自分では制御できずに求めてしまうんだ」


「えっ!? 団長!? 今、何かすごいこと言いませんでした!?」


「言ってない。何も言ってない。黙れ」


 耳まで真っ赤な団長は、剣を構えて俺を睨んできた。


「さっさと来い。訓練の続きだ。サボると、そのまま夜まで鍛錬に移行するぞ」


「それだけはああああああ!!」


 こうして、冷たいのに熱い、熱いのに素直じゃない団長との同居と訓練の日々は続いていくのであった。



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