魔物を倒すと発情しちゃう美人騎士団長が、恋を知らずに迫ってくる件。

泉田 悠莉

第1話 職場でも家でも冷たかったのにいきなり発情ってどーゆー事ですか!?

「……は?」


 今日の任務が終わり、帰ってきた俺は目の前の光景を理解できずに突っ立っていた。


 そこにあったはずの、俺の借りていた貸家がない。

 正確には、あったはずの場所が更地になっており、大工がわちゃわちゃ動き回ってる最中だった。


「え、待って待って、ちょっと!? ここ、俺の家なんですけど!?」


 慌てて工事作業員に声をかけると、首をかしげられる。


「あぁー……住人さんね? あんた、退去通知もらってなかったの? 老朽化で取り壊すって。三ヶ月前に告知あったはずだけど」


「そんなの聞いてませんって!?」


 ポケットをごそごそすると、確かに見覚えのない通知書がくしゃっと折りたたまれて出てきた。


 ──原因:俺が読まずに突っ込んでたせいだった。


「…………」


 背中から力が抜ける音がした。


 住む家が、ない。

 財布の中身は昼メシ代だけ。

 親はここから離れた村にいる。

 行くあてもない。


 ──終わったな。


「そこ、何をやっている」


 鋭く冷えた声が、背後から聞こえた。

 反射的に背筋が伸びる。


 振り返ると、そこには我ら王国騎士団の第六騎士団の団長──【閃光】のセシリア・ヴァルハルトがいた。


 艶やかな銀髪を一本に束ね、漆黒のマントを羽織った女騎士。

 一見すれば気品と冷徹さを纏った完璧美人だが、知る人ぞ知る“毒舌と冷遇の申し子”である。


 俺が新米の頃からずっと、罵声とキツい訓練を受けた記憶しかない。


「まさか、任務放棄か? 身の程を知れ、新人騎士」


「い、いえっ、違います団長! ちょっと、その、家が……」


「……は?」


 彼女の眉がぴくりと動いた。


 そしてその晩。

 俺は団長の屋敷にいた。


「……感謝しろ。空き部屋はある。寝床くらいは貸す。だが、共同生活に期待するな。私は私のペースで過ごす。文句があるなら橋の下へ行け」


「ありがとうございます団長、神です女神です!」


「うるさい」


 こうして始まったのは──

 職場でも家でも冷たい毒舌団長との、地獄のような同居生活だった。



 ◇◇◇



 翌日からの生活は、まさに言葉通りだった。


 騎士団では「遅い、無能、足を引っ張るな」と毒を吐かれ、家では「音がうるさい、歩き方が雑、風呂に入る時間を被らせるな」と釘を刺される。


 朝食は別。会話もほぼなし。

 たまに目が合えば、鋭い眼差しを向けられる。


 俺が団長の好感度を上げる手段など、あるのか?

 ゼロじゃない。マイナスからのスタートだ。


 そして──数日後、任務が来た。


「ロウ。今日の討伐任務、同行しろ」


「了解です! 頑張ります団長!」


「しゃべるな。集中しろ」


 ……うん、今日も通常運転ですね、団長。


 


 ***


 


 討伐任務は、魔の森での魔物駆除。

 相手は中位クラスの魔狼だった。


 鋭い牙、魔力をまとった黒い体毛。

 一瞬の油断が命取りになる相手だ。


 けれど、俺と団長の連携は、職場での冷遇とは裏腹に、抜群だった。


「援護しろ。私が決める」


「了解! 団長、トドメ任せます!」



 俺の援護のタイミングは完璧。

 一瞬で魔狼の動きが止まる。


「トドメっ!」


 セシリア団長が渾身の剣を叩き込むと、魔狼は断末魔をあげて崩れ落ちた。


 勝った。

 見事な連携だった。

 ……だが。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 団長が──おかしい。


 肩で息をして、頬は赤く、目が潤んでいる。


「だ、団長?」


「なんだ? おかしい……今までは我慢出来ていたのに……」


「え?」


「ロウ、こっちに来て……」


 いつになく、柔らかい声音だった。なんというか普段感じることの無い女らしさを感じる。

 だが、すぐにそれは艶と熱を帯びていく。


「魔物を、倒す姿……少しは騎士らしかった……」


「は、はぁ……ありがとうございます……?」


「……だから、今夜は、少しくらい……触れてもいいよね?」


「え?」


 それから団長は何も言わずに討伐完了の報告のために自分の執務室に戻った。


 そしてその夜。

 家に帰ると、団長が俺の部屋で待っていた。


 部屋着姿。

 髪をほどいて、飾りも何も無い地味な寝間着の上着をはだけさせている。


「……ロウ」


 呼びかけられ、身体が硬直する。


「……逃げないでよ……?」


 そのまま、団長は俺に身体を預けるように近づいてきて──


「だ、団長!? ちょっと待って!? え!? あの、これ、戦後のテンションです!? それとも魔物の毒!? え!? 俺、何かスイッチ押した!?」


「うるさい。黙ってて」


「ひいぃぃいぃいッ!?」


 俺は、自分の胸を揉みしだきながら迫ってくるセシリア団長に上半身をひん剥かれ、身体中にキスを受けた。


「私……もう……ん、んんーーーっ! はぁ……はぁ……」


 団長はそう呟くと、まるで糸の切れた人形のようにぐったりとして、そのまま眠りについた。


 今の俺の姿は上半身裸でキスマークだらけ。もう何が何だか分からないうちにされるがままに時間が経っていた。



「な、なんだったんだ……」



 こうして、討伐後だけ発情状態になる毒舌団長との、謎の関係が始まったのである──。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る