第13話 エピローグ 君と奏でるシークレットメロディ
あの日、ステージの上で奏くんと気持ちを確かめ合ってから、数ヶ月。
嘘みたいにキラキラした毎日が、夢みたいに過ぎていく。
世界は、こんなにもたくさんの色で溢れていたんだ。
私が今まで見ていたモノクロの世界は、まるで遠い昔の物語のよう。
それを教えてくれたのは、全部、私の大好きな人。
「おはよう、心」
「おはよ、奏くん!」
昇降口で待ち合わせをして、手を繋いで廊下を歩く。
それが、私たちのすっかりお馴染みになった、朝の日課。
周りのクラスメイトたちが「またやってるよ、あのバカップル」「朝からお腹いっぱいだっつーの!」なんて、からかうような、でもどこか温かい「白」の言葉を投げてくる。
そのたびに、繋いだ手の体温が、じわりと上がっていく気がした。
「……なんか、見られてるな」
「……うん、見られてるね」
二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。
昔の私なら、こんな風に注目を浴びたら、すぐにでも気配を消して、壁のシミにでもなりたかったはずなのに。
不思議だ。奏くんが隣にいてくれるだけで、世界中の視線なんて、全然怖くない。
むしろ、この繋いだ手を、みんなに見せつけたいくらい。
(なんてね。私、すっかり大胆になっちゃったかも)
教室に着いて、自分の席に座る。
斜め後ろの席に座る奏くんと、目が合う。
彼は、にこり、と私だけにわかるように微笑んでくれた。
ドキッ。
それだけで、私の心臓は、今日も朝から全力疾走だ。
授業が始まるまでの、ほんの数分。彼と交わす、何気ない視線。
それだけで、今日一日を頑張れるエネルギーが、満タンにチャージされていく。
嘘だらけだった私の世界が、今はこんなにも愛おしい色で溢れてる。
全部、全部、君がくれた宝物だよ、奏くん。
***
昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、私はお弁当を持って席を立つ。
向かう先は、もちろん、私たちの特等席。
屋上へと続く階段を駆け上がると、そこにはもう、奏くんが待ってくれていた。
「遅いぞ、心」
「ご、ごめん! 先生の話が長引いちゃって」
彼は、からかうように笑うと、私の隣に腰を下ろす。
青い空と、白い雲。遮るもののない、二人だけの空間。
ここで奏くんと食べるお弁当が、私は大好きだった。
「わ、今日もだし巻き卵入ってる! やった!」
「……そんなに好きか? それ」
私が目を輝かせると、奏くんは少し呆れたように、でも嬉しそうに言った。
彼が時々作ってきてくれるお弁当は、いつも彩りが綺麗で、すごく美味しい。
特に、この少しだけ甘いだし巻き卵は、私のお気に入りだった。
「うん、大好き! 奏くんの味がするから」
「……なんだよ、それ」
そう言って、彼はふい、と顔を逸らした。
その耳が、ほんのり赤い。
彼の言葉は、相変わらず少しだけノイズが混じることがあるけど、そのノイズさえも、私には愛おしいBGMみたいに聞こえる。
「はい、心。あーん」
「も、もう! 人が見てないからって、すぐそういうことする!」
彼が、だし巻き卵を、お箸で私の口元に運んでくる。
顔が、熱い! 絶対に真っ赤だ!
でも、結局は、ぱくり、と食べてしまう私も私だ。
だって、断るなんて、できない。
「美味しい?」
「……おいしい」
もぐもぐしながら答えると、彼は満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見るだけで、胸がきゅーっと甘く締め付けられる。
ああ、もう! 本当に、心臓に悪い!
「そういえば、心」
「ん?」
「最近、あんまり言ってないけど……その目、疲れたりしてないか?」
奏くんが、心配そうに私の顔を覗き込む。
そういえば、と私も思う。
あれだけうんざりしていた、灰色の言葉。
最近は、ほとんど見ることがなくなった気がする。
「うん、大丈夫。なんだか、最近は世界が優しい色に見えるから」
「そっか」
奏くんは、そっと私の髪を撫でた。
その指先が、すごく優しくて、くすぐったい。
「それはきっと、心が俺の『白』で、世界を上書きしてるからじゃないか?」
「……え?」
「君がくれる『好き』っていう言葉は、どんな灰色も真っ白に変えるくらいの力があるんだよ」
その言葉は、もちろん、一点の曇りもない、完璧な「白」。
まっすぐな瞳で、そんな殺し文句を言われたら、私の心臓はもう、どうにかなっちゃいそうだ。
「――っ!?」
(って、なんで私が彼のことでこんなに一喜一憂してるの――っ!?)
もう、何百回目かわからないモノローグが、頭の中を駆け巡る。
恥ずかしさを誤魔化すように、私は慌ててお茶を飲んだ。
その時、さっきまで膝に置いていたハンカチが、ふわりと風に舞った。
「あ!」
手を伸ばすより早く、奏くんが、ひらりとそれを空中でキャッチした。
その仕草が、あまりにも自然で、あまりにもかっこよくて。
夕日じゃなくても、彼の指先は、いつでもキラキラして見えるんだ。
「ほらよ」
「あ、ありがとう……」
受け取ったハンカチが、なんだかすごく熱を持っているように感じた。
それはきっと、私の顔の熱が移っただけなんだけど。
***
放課後。
私たちが向かうのは、もちろん、旧音楽室。
もう「探偵事務所」じゃない。二人だけの、大切な秘密基地だ。
二人で並んで、窓の外を眺めたり、他愛もない話をしたり。
そんな時間が、私は大好きだった。
コンコン、とドアがノックされた。
「はーい、お邪魔しますわよーっ!」
「失礼するわ」
元気な声と一緒に現れたのは、姫宮さんと、白鳥先輩だった。
すっかりこの場所の常連になった二人は、私たちの良き理解者だ。
「ちょっと、あんたたち! またイチャイチャしてるの!?」
「見てるこっちが恥ずかしいわ、まったく」
姫宮さんと凛先輩が、口々にツッコミを入れてくる。
二人の言葉は、呆れた色の「白」だけど、その奥に、温かい優しさの色が見えるのを、私は知っている。
「べ、別にイチャイチャなんてしてないし!」
「そうですよ、凛先輩!」
私と奏くんの声が、綺麗にハモった。
それを見て、姫宮さんたちが、またケラケラと笑う。
「はい、これ! この間のお礼! 有名なケーキ屋さんの、新作ですってよ!」
姫宮さんが、大きな箱をテーブルの上に置く。
箱を開けると、中にはキラキラした、宝石みたいなケーキが四つ。
「わあ、すごい! ありがとう、姫宮さん!」
「ふんっ、別に、あんたのためじゃないんだからね! 私が食べたかっただけよ!」
そう言ってそっぽを向く姫宮さんの言葉は、もちろん、綺麗な「灰色」。
素直じゃないんだから。
でも、そんなところも、すごく可愛いって思う。
四人で、ケーキを囲んでお茶会。
凛先輩が、ふと、奏くんに尋ねた。
「そういえば、奏。お母様とは、その後どうなの?」
その質問に、私は少しだけ、ドキリとする。
でも、奏くんの表情は、穏やかだった。
「……まあ、少しずつだけどな」
彼は、少し照れたように、頭を掻いた。
「この間、俺のピアノを聴きに来てた。それで、初めて言われたよ。『……悪くないんじゃない』ってさ」
その言葉も、もちろん「灰色」だったらしい。
でも、奏くんは笑っていた。
「母さんの、初めての、不器用な『白』だった」
それを聞いた凛先輩は、心の底から嬉しそうに、そして、安心したように、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、氷の女王様なんて嘘みたいに、すごく、すごく綺麗だった。
姫宮さんと凛先輩が帰って、部屋に、また静けさが戻る。
二人きりになった音楽室。
奏くんは、すっと立ち上がると、グランドピアノの前に座った。
「心」
「うん」
「君にだけ、聴かせたい曲があるんだ」
彼はそう言うと、鍵盤の上に、そっと指を滑らせた。
流れ出したのは、今まで聴いたことのないメロディ。
キラキラしていて、甘くて、でも、どこか少しだけ切ない。
まるで、ボカロ曲みたいに、疾走感のある、美しいラブソング。
私たちの出会いから、今までを、全部音にしたような、そんな曲だった。
演奏が終わっても、私は、しばらく言葉が出なかった。
ただ、胸がいっぱいで、目頭が熱くなる。
「……この曲、なんていうの?」
「まだ、名前はないんだ」
奏くんは、私の方を振り返って、優しく微笑んだ。
「君を想って作った曲だから、君が名前をつけてほしい」
「……私、が?」
「ああ」
こんなに素敵な曲に、私が名前をつけるなんて。
でも、すごく、嬉しい。
私は、少しだけ考えて、そして、はにかみながら言った。
「じゃあ……『シークレットメロディ』、かな。私たちだけの、秘密の曲、だから」
私の言葉に、奏くんは、心の底から満足そうに微笑んでくれた。
そして、私を手招きして、ピアノの椅子に、隣同士で座らせてくれる。
「じゃあ、シークレットメロディを、二人で奏でてみるか?」
「え、私、ピアノなんて弾けないよ!」
「大丈夫。俺が教えてやるから」
彼は、そう言って、私の手に、そっと自分の手を重ねた。
ドキッ。
指先から伝わる彼の体温に、心臓が、また、大きく跳ねた。
***
次の日曜日。
私たちは、初めての、「捜査じゃない」本当のデートに来ていた。
行き先は、大きな水族館。
キラキラと光が差し込む、青いトンネルの中で、私たちは手を繋いで歩く。
色とりどりの魚たちが、私たちを祝福してくれるみたいに、周りを泳いでいた。
イルカショーを見て、はしゃいだり。
ペンギンのお散歩に、目を細めたり。
一つ一つが、全部、宝物みたいにキラキラした時間。
ショーの途中で、奏くんが、そっと私の肩を抱き寄せた。
「なあ、心」
「なあに?」
「俺さ、昔は、世界が『嘘』と『真実』の二色にしか見えなかったんだ」
彼は、目の前の大きな水槽を見つめながら、静かに言った。
「でも、今は違う。君がくれる言葉には、もっとたくさんの色が見える」
「……どんな、色?」
「嬉しい時の、桜みたいなピンク色。楽しい時の、向日葵みたいな黄色。ちょっと拗ねた時の、ソーダみたいな水色……。君がくれる色は、全部、特別で、綺麗なんだ」
私の能力とは、また違う。
奏くんだけの、新しい力。
私の感情が、彼には「色」として見えている。
「……じゃあ、私の『好き』は、どんな色に見える?」
思い切って、聞いてみた。
すると、彼は、悪戯っぽく笑って、私の耳元で囁いた。
「それは、まだ秘密。これから、一生かけて、俺に教えてくれよ」
そんなの、ずるい。
反則すぎるよ、奏くん。
私の顔は、もう、絶対に、夕焼けみたいな真っ赤な色をしてるに違いない。
水族館を出て、私たちは、夕日に染まる海辺を歩いていた。
砂浜に座って、二人で、寄せては返す波の音を聞く。
すると、奏くんが、ポケットから小さな箱を取り出した。
「……心」
「これって……」
箱を開けると、中には、キラキラと輝く、小さな星のモチーフがついたネックレスが入っていた。
私の、お守りだったシャーペンと同じ、星の形。
「俺の宝物だった懐中時計は、凛に返したんだ。これからは、これを、俺の新しい宝物にしたい。君という、かけがえのない宝物の、隣に」
彼の言葉に、感動で、涙が溢れてくる。
私が、奏くんの、宝物……。
「ありがとう……奏くん……!」
「泣くなよ」
彼は、優しく私の涙を指で拭うと、ネックレスを私の首につけてくれた。
ひんやりとした金属の感触と、彼の指先の温かさ。
そして、彼は、ゆっくりと私の顔を覗き込むと、その顔を近づけてきた。
「世界は、嘘と本当だけじゃない。君が、たくさんの色があることを教えてくれた。俺のモノクロの世界を、こんなにも鮮やかに彩ってくれて、ありがとう」
そして、彼は、今まで聞いたどんな言葉よりも、優しくて、愛おしさに満ちた声で、こう言った。
「心。愛してる」
その言葉は、もう「白」とか、そういう次元じゃなかった。
虹色に、七色に、キラキラと光り輝いて、私の心を、世界を、すべてを、満たしていった。
私たちは、自然と唇を重ねる。
嘘だらけだった私の世界。
でも、今はもう、何も怖くない。
だって、私の隣には、世界で一番の「真実」を、そして、世界で一番カラフルな「愛」をくれる、君がいるから。
私たちの物語は、きっと、まだ始まったばかり。
これから、二人で、どんな色の未来を奏でていこうか。
ねえ、奏くん。
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