第10話 「お前がいい」なんて、最高の殺し文句
「え? ええええええええっ!?」
「わ、私が、ステージに……!? アイドルとして、歌って、踊る……!? 神代くんと、デュエットで……!?」
私の絶叫が、特別資料室の、古めかしいシャンデリアをビリビリと震わせた。
「む、無理です! 絶対に無理です! だって私、ファン科ですし! 運動音痴ですし! 人前に立つのも苦手なのに、歌って踊るなんて、地球がひっくり返ってもできません!」
首を、ちぎれんばかりに横に振る私。
そんな私を、月読先生は、にこにこと楽しそうに眺めている。
「残念ながら、これは決定事項です。『オリジン』の力は、ただ客席からファン力を送るだけでは、その真価を発揮しません。ステージ上で、パートナーである『アルカトラズ』の輝きに、直接触れることで……つまり、共に歌い、踊ることで、初めて二つの力は共鳴し、覚醒への道を歩み始めるのです」
「そんな、無茶苦茶です……!」
泣きそうになる私。
すると、今まで腕を組んで黙っていた神代くんが、ゆっくりと口を開いた。
「……いいだろう」
「へ?」
「俺が、こいつをステージに立たせる」
その声は、静かだけど、有無を言わさぬ力がこもっていた。
彼は、月読先生を、鋭い視線で射抜く。
「俺のプロデューサーは、俺がプロデュースする。……文句、あるか?」
ズキュン!!!
な、なんて、男前なセリフ……!
私の心臓が、とんでもない音を立てて跳ね上がった。
神代くんは、私の手を取ると、「行くぞ」とだけ言って、特別資料室をずんずんと出て行く。
「え、あ、ちょ、ちょっと、神代くん!?」
こうして、私の意思とは全く関係なく。
神代玲くんによる、私のための、地獄(ときどき天国)のアイドル特訓が、幕を開けてしまったのだった。
◇
「声が小さい! 腹から声出せ!」
「音程がずれてる! 俺のピアノの音をよく聴け!」
音楽室に、神代くんの厳しい声が響き渡る。
私の歌は、蚊の鳴くような声で、音程もふらふら。自分でも、あまりのひどさに泣きたくなる。
「ご、ごめんなさい……」
「謝るな。もう一回だ」
でも。
彼が弾くピアノの音は、すごく優しかった。
私が歌いやすいように、何度も、何度も、同じフレーズを弾いてくれる。
その、真剣な横顔を見ていると、怒られているはずなのに、胸の奥が、きゅん、と温かくなる。
歌のレッスン以上に、絶望的だったのが、ダンスレッスンだった。
「なんで、手と足が一緒に出るんだ!」
「右って言ったら、右だろ!」
鏡の前で、神代くんが頭を抱えている。
私には、ダンスの才能が、壊滅的に、なかった。
簡単なステップすら、踏めない。
「……チッ、しょうがねぇな。こっち来い」
見かねた彼が、私の後ろに立った。
そして。
「こうだ、バカ」
彼の、骨張った手が、私の腰に、そっと回された。
「ひゃっ!?」
「うるさい。力を抜け」
背中から、彼の体温が伝わってくる。
耳元で、彼の低い声が響く。
彼の動きに合わせて、私の体が、ぎこちなく揺れる。
もう、何がなんだか分からない。心臓が、口から飛び出しそうで、ダンスどころじゃなかった。
「……おい、聞いてるのか。顔、赤いぞ」
「き、気のせいですっ!」
地獄の特訓の中に、時々、こんな風に、天国みたいな瞬間が訪れるから、私の心臓は、本当に、休まる時がなかった。
「もー! 紬っちをいじめないでよ、神代!」
そんな私たちを見かねて、助っ人に来てくれたのが、きらりさんだった。
「女の子には、もっと優しく教えるの! はい、紬っち、まずはストレッチからね! 体幹を鍛えないと、ダンスは踊れないんだから!」
きらりさんは、私に効果的なトレーニング方法を教えてくれたり、休憩時間には、面白い話で笑わせてくれたり。
それだけじゃない。
「デュエットの衣装、まかせときな! あんたたちが、宇宙で一番輝ける、最高のデザイン、考えといてあげるから!」
そう言って、ウインクしてくれた。
きらりさんの存在が、ボロボロになりかけていた私の心を、何度も、何度も、救ってくれたんだ。
◇
だけど。
評価会が近づくにつれて、私の心は、どんどん追い詰められていった。
練習すればするほど、自分と神代くんとの、圧倒的な才能の差を、思い知らされるから。
(私じゃ、ダメだ……)
(私が、神代くんの足を、引っ張ってる……)
焦りと、プレッシャーと、申し訳なさで、胸が張り裂けそうだった。
そして、ついに、私の心の糸は、ぷつりと切れてしまった。
「……ごめんなさい。やっぱり、私には、無理です……!」
私は、音楽室を、飛び出してしまった。
「おい、待て!」
追いかけてくる彼の声も、聞こえないふりをした。
中庭まで走って、一人、膝を抱えてうずくまる。
どうして、私なんだろう。
私じゃなければ、神代くんは、もっと、楽に、勝てるはずなのに。
「……逃げるのか」
冷たい声が、頭上から降ってきた。
顔を上げると、神代くんが、私を、冷めた目で見下ろしていた。
「私じゃなくて、もっと、ダンスも歌も上手な、アイドル科の子と、組んだ方がいいです! 私じゃ、あなたの迷惑になるだけだから……!」
涙ながらに、そう訴える。
それが、彼のためなんだって、本気で思ってた。
「……俺は」
彼は、静かに言った。
「お前がいい」
「……え?」
「他のやつと歌う気はねぇ。お前の声じゃなきゃ、意味がないんだ」
彼の、真っ直ぐな瞳。
そこには、何の嘘もなかった。
「俺たちのデュエット曲の歌詞、忘れたのか。『君の声が、俺の孤独な世界に、初めて色をくれた』。……あれは、お前のことだ」
(……!)
「それに」
彼は、気まずそうに、ふいっと視線をそらした。
「……お前の一生懸命な顔、見てんのは……別に、嫌いじゃねぇ」
きゅぅぅぅん……!
それは、彼なりの、最大限の、不器用なエール。
私の、冷え切っていた心に、温かい光が、じんわりと、広がっていく。
もう、逃げちゃダメだ。
彼の、この想いに、応えたい。
「……ありがとう、神代くん」
私は、涙を拭って、立ち上がった。
もう、迷わない。
◇
そして、デュエット評価会、前日。
私たちの特訓は、最後の仕上げに入っていた。
ぎこちなかった私のダンスと歌は、まだ完璧とは言えないけど、それでも、見違えるほど、形になっていた。
何より、私たちの間には、言葉なんていらない、パートナーとしての、強い信頼感が生まれていた。
そこへ、きらりさんが、大きな衣装ケースを抱えて、飛び込んできた。
「じゃじゃーん! できたよ、二人の、勝負服!」
ケースの中から現れたのは、夜空をイメージした、深い藍色の生地に、銀色の星屑が散りばめられた、お揃いのステージ衣装だった。
神代くんはクールなパンツスタイル、私は、ふわりと広がるスカート。
デザインは違うけど、同じ布地で、同じ星の刺繍がしてあって、一目で、ペアだって分かる。
「すごい……! きれい……!」
「でしょー! さ、着てみて、着てみて!」
試着室で着替えて、二人で、鏡の前に並んで立つ。
なんだか、すごく、照れくさい。
お互いの姿を見て、顔を見合わせることもできなくて、二人して、俯いてしまった。
そんな、甘酸っぱい空気の中。
月読先生が、ひょっこりと、音楽室に顔を出した。
「いい顔になりましたね、お二人さん」
先生は、にこりと微笑むと、一枚の楽譜を差し出した。
「これが、君たちが明日歌う、新曲のタイトルです」
そこに書かれていたのは、『オリジン・リンク』という文字だった。
「この曲は、ただのデュエットソングではありません。二つの力が完全に『リンク』した時、奇跡が起こると言われている……いわば、『魔法の呪文』です」
「魔法の、呪文……?」
「ただし、失敗すれば……」
月読先生の、笑顔が、少しだけ、深くなる。
「失敗すれば、どうなるんですか?」
私の問いに、彼は、にこやかな笑顔のまま、さらりと言った。
「小鳥遊さんの『オリジン』の力が暴走し、神代くんの『アルカトラズ』……彼の輝きそのものを、喰らい尽くしてしまうかもしれませんね」
ゾクッ……。
背筋を、氷水が伝うような、悪寒が走った。
成功すれば、奇跡。
失敗すれば、彼の存在が、消える……?
そんな、究極のハイリスク・ハイリターンなステージが、明日、私たちを待っているなんて。
私の顔から、さっと、血の気が引いていくのが、自分でも分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます