旅する少女は、荒れた世界に何を見る?

あおね ポン

第1話 目覚め

目を覚ますと、私は冷たい鉄の床に横たわっていた。



目を開け、周りを見渡すと、どうやら建物の中らしい。天井や壁には無骨なパイプが這い回り、壁には何枚ものモニター、試験管や、薬品棚、一つしかないデスク、ここは何かの研究室のようだ。なぜ私はこんなところにいるの?そもそもここはどこ?状況が、掴めない。



『保護対象の意識の覚醒を確認。

おはよ!アルテ!』



その困惑を解消しようと応えてくれたのか、人間らしい、だが、機械らしさが少し残る女性の元気な声が聞こえた。



「……誰?」


『あーしはナビゲーションシステムのシャル。博士からアルテを導けって言われてる』



ナビゲーション、システム?聞く限り人ではないようだ。通りで声が機械っぽいと思った。そもそも博士って誰?どこから話しかけてきているの?声の主らしき人影は見えない。疑問ばかりが、増えていく。何も、思い出せない。私は、ダレ?


目の前が、ノイズが走ったように暗くなる。意識が保てない。このまま、また眠ってしまうのか。



『アルテ、……テ!…制………プの影響……長…間シャ……ウン……影、で内部………破損が。調整……。少…眠って……』



シャル、と言っただろうか。薄れゆく意識の中で途切れ途切れに聞こえる彼女の声。何を言っているのかは分からない。ただ、どこか、懐か、しい?


この違和感の正体は判明することなく私はまた意識を手放した。






夢を、見た。私は水の中にいて、体にいくつも管が繋がっていた。目の前に、たくさん人がいて、じっと私を見つめている。息が、出来ない。目の前が歪んでいく。苦しい、誰も、助けてくれない。動けない。助けて、助けて、博士……。





そこで、私の意識は覚醒した。





「っは!!はっはっは、あれ...、私は、何を?」


『意識の再覚醒を確認。おはようアルテ!気分はどう?あーしのこと分かる?シャルだよ?』


「シャ、ル?あぁ、さっきの…。私は、また眠って?」


『そうなの。多分長期間に及ぶスリープの影響だと思うんだけど、内部機構に損傷が見られたんだ。だからもう一度スリープ状態に移行しちゃったんだよ。けど調整したからもう大丈夫だよ、アルテ』


「えと、ありがとう、ございます?あの、ここは、どこ?」


『………うーん、メモリーにも損傷が見られるね。ここは博士の研究所だよ。世界大戦が勃発して、身の危険を感じた博士はアルテを連れてここに逃げ込んだんだよ。ここは博士が開発した特別な材質で作られた研究所で、臨時のシェルターとしても活用できるようになってる。理論上は、核兵器の直撃も耐えられるらしいけど、試したことないから分かんないや』


「あの、博士って、誰ですか?」


『え、ノーマン博士だよ?もしかしてそれも忘れちゃった?』


「………分からない」


『あちゃー、まあしょうがないか。ノーマン•クラウド博士。レパルス帝国の軍事研究機関の技術顧問であり、アルテの生みの親だよ。なんか名門の出?らしくて軍では随分活躍してたらしいよ。まあ、俗に言う天才だね』


「ノーマン•クラウド博士?わたしの、親。

…………ダメ。何も思い出せない」


『うーむ、思ってたよりメモリーの損傷が深刻だねー。早いとこ直したほうが良さそう』


「その博士は、今ここにはいないんですか」


『博士はいま研究所にはいないよー。仕事の為に首都ティグルスに行ってる』


「じゃあ他に誰かいないんですか?」


『えーとねー、この研究所は本来無人で、災害時のみ稼働するようになってる。で、アルテがこの研究所へ来た時は博士以外に同行者はいなかった。つまりアルテと博士の二人っきり。その後博士が研究所を出てったけど、今まで誰も来てない』


「つまり、誰もいないと」


『大正解⭐︎』



なるほど。この研究所に私とシャルさんしかいないならこの静けさも納得できる。私が起きたと開口一番にシャルさんが宣言したにも関わらず誰も来ないのもおかしいと思った。


色々とわからないことは多いけれど、それは追々聞いていくとして、そもそも、私は、何者なのだろうか。シャルさんの話を聞く限りではノーマン博士はかなりの重要人物のようだ。そんな博士に守られた私は博士にとってなんだったのだろう。わかることはほとんどない。


ただ一つ、彼女の話からわかることがあるとすれば、



「ねぇ、シャルさん」


『ん?どしたの?』




「私は、人間じゃないの?」



『うん。アルテは博士が作ったアンドロイドだよ?』



ずっと、シャルさんは凡そ人間には使わないような言葉ばかり使っていた。内部機構に、メモリー。いくら取り乱していても聞き覚えのない単語には違和感を覚えるものだ。


やっぱり、私は人間じゃなかった。



「そっ、か」



不思議と、落ち着いている。自分の体のことは自分が一番よくわかってるってことだろうか。正直何か変だということは起きた時から気づいていた。


それに今の状況では自分が人間ではないことなど些末な問題だ。それよりもこれからどうすべきか。



「私は、これからどうしたらいいんですか?」


『それはアルテが決めればいい。あーしはアルテのナビゲーションを博士から命じられてるから、アルテのしたいことをサポートをするよ。博士からもアルテの意思を尊重しろって言われてるしね。アルテはどうしたいの?』



私?私が、どうしたいか。私は…



「博士に、会ってみたいです。私の生みの親に」


『おっけー。博士の最後のログはっと、レパルス帝国の首都ティグルスで途切れてるね。今いるのがティグルスからおよそ300km離れた森林地帯ね。徒歩で300Kmはちょーっと、非効率すぎるから、交通機関を使おっか。ここは人里離れた森林地帯だから、近くの交通機関までは普通なら半日かかるけど、そこはアンドロイドの力で、ちょちょいのちょい!アルテはアンドロイドだから疲れを感じないし、歩く速度も人間よりもめちゃ早い!3時間もあれば公道に出られるよ。そうと決まれば旅の準備!まずはー、お着替えしよっか?」


「お着替え?ッ!きゃあ!?わ、私、ずっと裸で?」


『服はナノマシンで作るからね。あーし、こう見えてファッションにはうるさいんだよね。流行を取り入れつつ、アルテの好みの服をコーデしてあげるから!とりまサンプル見せるからその中から…』


「なんでもいいから早く出して!」







その後、服を着た私は旅の支度を始めた。


この研究所は長らく放置されていたのか保存食は腐り、衣類はボロボロで使えるものはほとんどなかった。が、幸運にも私はアンドロイドで有機物の摂取は必要とせず、衣類もナノマシンで用意できるので、用意といってもほとんど何もすることはなかった。



「何もなかったですね」


『仕方ない。博士とアルテがここへ逃げこんだあと、結構長い間滞在してたっぽいし、その時に消費しちゃったんだろうね』


「なるほど」


『じゃ、あとはあーしがアルテの中へ移動するだけ』


「移動?」


『そっ、文字通りこの施設の中にあるあーしをアルテの中へ移すの。アルテの中に入るからちょっと混乱するかもだけど、慣れるまで我慢してね。じゃ、いくよ!』


「は、はい。いつでもどうぞ?」



他人?が自分の中に入ってくるなんていう人が本来経験し得ない稀有な状況に困惑しながらも変化に身構える。


……………?10秒ほど経っただろうか?体に何も変化はない。



「あのー?」


『終わったよー』


「うわあ!?」


『きゃああああ!!??なになに!?どしたの!?大きな声出して!?」


「あ、頭の中に直接声が!」


『あっ!あー、なるほどなるほど。ごめんごめん。びっくりしたよね。今のはあーしが悪かった。とりあえず移動は完了したよ。あーしは今、アルテの頭の中にいるから、早く慣れてね』


「が、頑張ります」



喋りかけられているのに、自分の中から声がする。言葉では言い表せない奇妙な感覚だ。これに慣れるのはなかなか骨が折れそうだ。



『さてと、旅の準備終わり!博士のところへ行こっか!』


「つ、ついに……」


『あーあと、言い忘れてたけど』


「?」


『あーしに敬語は要らないよ』


「あ、そうですね。了解しました」


『わかってないじゃん!アルテに敬語使われるのはなんか寂しいからやめて…』


「そう、だね。いきなりは難しいから、ちょっとずつ頑張るよ」


『……うん』



その後シャルさんの案内のもと研究所の中を進む。さっきも感じたけれどこの研究所、個人が所有していたものとは思えないほどに巨大だ。部屋がいくつもあり、全てを見回るのに1時間かかったほどだ。いくつかの部屋の横を通り過ぎ、入り組んだ長い廊下の最後へとたどり着いた。



『ここが出口だよー』


「ん?扉らしきものは何も見当たらないけど…」


『いやいや、前じゃなくて、上』


「上?」



と、天井を見上げた瞬間、突然天井が迫ってきた。いや、地面が迫り上がっていた。



「ちょっと!?このままだと私潰されませんか!?」


『大丈夫大丈夫。ちゃんと天井を開けますから』



という声に呼応するように天井が開き始める。隙間から太陽の光が差し込み、あまりの眩しさに思わず目を瞑る。ずっと地下にいたから太陽の光を浴びるのは起きてから初めてだ。だんだんと太陽へと近づいていき、完全に体が外へと出る。ゆっくりと目を開けるとそこには、






そこには、何もなかった。

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