剣で機械獣とやりあうんですか?

Gonbei2313

トゥール村にて

第1話 トゥール村へ



 激しく雨が降り続いている。



 少し先すら見えないほどの激しい雨。このあたりでは珍しいことではないらしいが、池上勇也には慣れない環境であることには変わりない。



 顔を上げることすら億劫に感じる豪雨の中、勇也は水気をたっぷり含んだ泥の道を進んだ。いつまでこの雨は続くのだろう。そんな気持ちを抱きつつも、どうでもいいような気持ちすら、勇也の中にあった。



 先日、滞在した集落で聞いた話によると、この豪雨は魔法による一種の災害らしい。詳しいことはわからない。恐らく、彼らもわかっていないだろう。当たり前の現象として、ただ受け入れている。そんな雰囲気があった。



 ◇



 三日後。やっと豪雨が止んだ。



 雨のせいでまともに眠れず、勇也の体力は限界を迎えつつあった。道途中の木陰でひと眠りすることはできたものの、まったく身体が休まった気がしない。



 平野をひたすら歩いて、ふと小さな丘陵へと目をむけた。その向こうに、煙がいくつも立ち上っているのが遠くに見える。おそらくは、前の集落で聞いた「トゥール村」があるのだろう。



(やっと一息つけるか……受け入れてもらえればだが)



 当然だが、人は怪しい人物を共同体の中に入れたがらない。勇也は、この辺りでは明らかに異物として扱われる外見をしていた。面倒事になる、と思われれば滞在する許可は貰えないだろう。先日の集落も、そうだった。物資を買わせてくれたが、滞在は拒否された。



(それも、仕方のないことだ。ここ最近は物騒と聞く)



 部族同士の戦争があった。それを鎮圧するために、三つの大国が介入し、まだ半年も経っていない。いまなお戦争は続いている。



 そのせいか、故郷を追われた者たちが野盗におちぶれ、周辺地域の治安を悪化させている。他にも、兵士たちの狼藉も耳にする機会が増えた。とくに、脱走した兵士は故郷にも戻れないため、とくに質が悪いと聞く。



 そういった事情もあって、流浪の身である勇也は、なかなか安らげる場所が見つからなかった。脱走兵と勘違いされることが最も多い。なにより、外見がこの辺りでも、他所の地域でも見られない特徴を持っているからか、不気味に思われることも多かった。



(考えても仕方のないことだ……)



 村の入り口が見えてきた。耕作地帯が広がる平野に、遠くにぽつりと古い民家がある。古代の時代の金属を流用した、ここでは一般的な住居だ。畑の周りに気持ち程度つまれた石垣は、獣への対策だろうか。



(あれは……人か)



 遠くに何かが動いたのが見えた。しかし、目をむけるとさっと何処かへ消えてしまった。恐らくは人影だ。



(怪しまれたか? ……どうするか)



 怪しまれたとしたら、最悪、武具を持った村民に襲われるかもしれない。これ以上、へたに村の敷地に踏み入れない方が無難だろう。ここで立っているだけなら、敵認定はされないかもしれない……。



 しばらく、その場に立っていた。そして、村の奥から一騎が駆けてくる。紋様が刻まれた鎧に身を包んだ褐色の女性だ。おそらく、この村の騎士階級だろう。刃のように鋭い銀色の長髪をなびかせながら、長銃を手に持っている。



 女性騎士は、ある程度の距離まで来ると長銃をこちらにむけたまま、ゆっくりと馬を歩かせて近づいてきた。



「武器を捨てろ」



 低い声で女性騎士が警告を発した。勇也は、腰にある剣を地面に放った。



 しばし女性騎士が剣を見下ろしていた。そして、怪訝そうな声をあげる。



「銃は?」



 勇也は、少し沈黙してどう答えたものか、と思い言葉を整理した。



「剣だけだ」



 正直に勇也は言った。



「剣だけ? 馬鹿を言うな。短銃の一丁ぐらいあるだろう」



 いまだ信じられないのか、女性騎士が鋭い声で言う。



「嘘じゃない」



 短く勇也はこたえた。女性騎士が鋭く睨みつけてくる。しばらくの間、緊迫感のある沈黙が続いた。



 さきに反応を見せたのは、女性騎士だった。心底、可笑しいと言いたげに笑い声をあげた。勇也は、よくわからず首を捻った。



「剣だけでここまで来たって? とんでもない馬鹿だな。機械獣どもをどうやりすごしたのか、興味がある!」



「そ、そうか……」



 信じてはくれたようだが、どうも奇妙な人物に目をつけられたかもしれない。勇也は、若干の後悔を覚えはじめていた。



「恐らく、長いこと雨にうたれたのだろう。剣はこちらで預かるが、できるだけもてなそうじゃないか」



「……ありがとうございます」



 勇也は、お礼を述べて会釈した。



「ところで、名は? なんというのだ?」



 女性騎士が下馬してから、剣を拾い上げると尋ねてきた。



「勇也」



「ふむ、変わった名だ。ますます不思議な男だ。私は、エリュナだ」



 エリュナは呟きながら乗馬すると、ついてくるように手振りで示す。勇也は、ちょっとした不安を覚えつつもその後に続いた。



 ◇



 ついて行ったさきは、先程から見えていた民家だった。



 古代の金属を流用し、作られた民家は重く堅苦しい。大きさは小屋より少し大きい程度で、見た目の圧迫感のわりには小さく感じられた。



 家の中から誰か人が出てくる。身を小さくして、怯えたような顔を浮かべる男だった。



 宝石のような紅い色の短髪で、怯えた顔をしているが人の好さがにじみ出た顔つきをしている。どことなく、子供らしさの名残も感じさせる。



「トーマ、武器は取りあげてある。そこまで怯えるな。舐められるぞ?」



 エリュナが苦笑を浮かべて、トーマと勇也を見た。



「そうは言っても……」



 トーマと呼ばれる青年の金色の瞳が僅かに揺れる。その視線は勇也の珍しい外見に向けられているように感じられた。



 褐色の肌をし、瞳も明るい色の者たちばかりのこの地では、勇也の外見的な特徴は好奇の眼で見られることは珍しくない。ときに、それは差別的なものになることもある。



「安心しろ、この男は悪いやつではない。私の直感がそう言っている」



「エリュナはいつだってそう言うじゃんか……」



「いつでも、と言うのは語弊がある。本当にそう思った人限定さ」



 エリュナの言葉にトーマが訝し気な目をしていた。何となく、彼女がどういう人物なのか勇也はわかったような気分になった。



「勇也と申します」



 一歩前に出て挨拶をする。トーマはびくっと驚いたように身体を震わせた。



「ト、トーマっす……」



 そわそわと挙動不審な態度でトーマが会釈する。



「よろしく」



 勇也は、短く言って黙った。自分はあまり社交的とは言えない。こういう人を相手にどう対応すべきか、正直なところわからなかった。



「まあ……とにかく、中で話を聞かせてくれ。トーマ、家を借りるぞ」



「え? ま、まあ、仕方ないけど……わかったよ」



 トーマが躊躇いを見せつつも承諾した。心から納得しているようには見えなかったが、外でいつまでも立っているのも話し難いのは確かだ。



 勇也は、これからどうなるのか……と一抹の不安を覚えつつ、エリュナとトーマに続いて家の中へと入ったのだった。



──────


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