第七章 内界戦

 桐生令子は悲鳴を上げていた。止めようとしてもブレーキが壊れたみたいに、喉が勝手に金切り声を発し続ける。

 目の前のものが信じられなかった。世界が残酷なことは知っているつもりだった。だがこれはないだろう。これはあまりにも、あんまりではないか。

 令子の胴にぶつかってから地面に落ちた御門丈五は、随分小さくなった血みどろの肉塊だった。

 多分、頭と胴体の一部だろう。頭蓋骨っぽい骨が、歯が並んでいるので分かる。でも下顎はないし皮膚はないし目鼻もちゃんとしたものが残っていないし、ああ、あれは、脳味噌が、見えている。骨が削り取られて。

 首と肩っぽい部分と、肋骨の一部っぽいものと、赤い風船みたいなのは肺か。心臓が丸まま見えている。ドク、ドク、と動いているけれど血を流す先の血管がないのに。

 心臓が動いているということはまだ生きているのだろう。けれどこの状態で何が出来るのか。ちゃんと回復出来るのか。あのガラス円筒で培養液に満たされたら体が元通りになるのか。

 というか、リンクとやらを無理に通ってきたせいで体がズタボロになってしまったのでは。令子の引っ張り方が雑だったとか。

 悲鳴を上げ過ぎて吐く息がなくなり、大きく息を吸い込んだところで御門の思念が届いた。

 ……落ち着け。俺は大丈夫だ。それからお前のせいではない……

「あ、そうなんだ」

 思わず口に出しつつ令子はホッとする。とにかく自分のせいではなかったので安心した。いや安心出来る状況ではなかった。ズタボロなんですけど。生きてるのが不思議なくらいなんですけど。

 ……美織は無事か……

 いきなりその質問が届いて、自分の瀕死の状態よりも彼女のことを気にしているのだと分かって、令子はモヤッとした。でも彼女が無事なことを伝えようと思う。御門のことを心配していて、学校で泣いていたけれど。今は念のため番長が近くで守っている筈だ。

 ということは思っただけで伝わったようだ。

 ……ならいい……

 ええっと。で、肉塊なのだけれど。

 ……大丈夫だ。命に別状はない。それより今から内界戦に入る。呪術士が繋がりを伝って追ってくるから迎撃する。そうミネガに伝えてくれ……

「聞こえていますよ」

 と、横に立っていたミネガが言った。彼は冷静で、ちょっと面白がっているようにも見えたが、御門がこんななのに余裕のある態度なのは逆に令子には安心材料となった。

 佐久間総理はまだ目を閉じたまま椅子に座っていた。このやり取りにも令子の悲鳴にも気づかなかったようだ。高級そうなスーツは血がベッタリと張りついていた。

 ヒュパッ、と、光が閃いて令子は反射的に瞬きをする。何か光る線が通り過ぎたような。東屋を切り裂いたように見えたが崩れもせず、傷らしきものもなかった。光線は曲がっていた、ように思う。

 何が起きているのか。気になったが知りたくなかった。

「ミネガ様、また攻撃が……」

 スーツの護衛の男の叫び。何という名前だったか。ああ、やっぱりこっちで戦いが始まっているみたいだ。

 ミネガは冷静なまま、御門の肉塊に右手を差し出した。握手するにも御門の手がないし……と思っていたらミネガの手に台座つきのオブジェが出現した。台座の上には直径十センチほどの黒い球体が、支えもなしに浮かんでいるように見える。大きさは違うが令子には見覚えがあった。御門に案内された部屋で……。

「ミニチュア版の模型ですが、あなたの部屋から持ち出しておきました。役に立つのではありませんか」

 ……まあ、少しは役に立つだろう……

 御門の思念が令子にも伝わってきたのだが、ちょっと怒っているようにも感じた。

 ミネガは球体の浮かぶ台座を心臓と肋骨の隙間に差し込んだ。ゴリッという音が聞こえて、令子はムチャクチャなことをするなと思ったけれど、カイストは丈夫だからお互い気にしないのかも知れない。

 ……では行ってくる。それほど時間はかからないと思うが、ミネガ、戻ってくるまでこの場を頼む……

「契約ですからね」

 ミネガが頷き、御門の思念は聞こえなくなった。

 そういえば頑張って助け出したのに、御門に礼を言われていないことに令子は気づく。急いでいるといっても、一言くらいは欲しかった。戻ってきたら催促してみよう。

 それにしても内界戦というのは何なのか。御門の体はズタボロ状態でまだここにあるのに、戻ってくるとは。魂だけで何処かに出かけたのか。

「内界戦というのはですね、魔術士同士で起こり得る特有の戦闘です。勿論呪術士も含まれます」

 令子の心を読んだようにミネガが説明を始める。

 が、改めて周囲を見回すと、公園がなくなっている。東屋から少し離れたら地面がなくなって崖みたいになっていて、下がどれほど深いのか分からない。令子が闇を覗いている間にとんでもないことが起こったようだ。

 シュゴー、という旅客機の飛ぶような音が聞こえ、夜空を何かが飛んでいた。水平になった人影のような……。

 うん、訳が分からない。令子は理解を放棄した。

「互いの意識を繋ぎ合わせて、精神世界で……」

 ミネガが説明を続ける途中、人影から幾筋もの光線が伸びて東屋を襲った。

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