第5章 静かなる海

 夏の長い日も傾き、夕闇に街が沈み始める頃、ナギは一日の業務を終えて帰路に着いた。

 日中に比べれば暑さは和らいでいるとしても、冷房の効いた部屋に篭って働くナギにしてみれば、体にまとわりつく蒸し暑さの不快感は揺るがない。ナギには特段好きな季節というものがない。強いて言えば秋だが、過ごし易さの加点があるかどうかの評価でしかない。

 そんな気怠さを引きずりながらも家に向かって歩き続けていると、間もなくして心臓破りの階段前に辿り着く。そこで待ち構えていたハヤテが「お疲れ」とナギへ声を掛けた。そこは二人が初めて出会った時と同じ座標位置だったが、今日のハヤテは地面に対して垂直を保っている。

 対人関係における鈍さを自負するナギでも、流石に気付く。彼が纏う空気が、いつもとは違うものであるということに。


 何かを躊躇っているのか、或いは何かを待っているのか。ハヤテは何か言いたそうな素振りは見せるものの、なかなか口を開かない。ナギは、あえて何も言わずに待つことにした。


「————お願いがある」


 たっぷりと間をとってから、ハヤテは切り出した。

 彼はポケットから何かを取り出して、ナギに向けて差し出した。手の平に乗せられているのは、一本のUSBメモリ。

 真っ直ぐにナギの目を見つめたまま、ハヤテは言う。


「MenDACoシステムのサーバに、これを挿して欲しい」


 ナギは考える。そして、選ぶ。

 次に発するべき言葉は何か。次に伝えるべき言葉は何か。

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