第4章 次の一手に至る一歩(5)
当日の動きの流れについて、ナギは入堂課長から説明を受けた。朝に一度本社に立ち寄ってUSBを受け取ってから、電車で移動。現地では管理職員が駅から車で送迎してくれる手筈となっている。これらの説明は全て口頭で行われた。
「申し訳ないけど、手書きのメモなら良いんだけど、録音とかメモアプリとか、デジタルに残る記録は残さないようにね」
入堂からはそう念押しされた。ナギもその徹底ぶりには思わず舌を巻く。
一つ彼女の予想に反していたのは、データセンターの場所だった。これだけセキュリティに厳しいのだから、僻地の山奥などにあるケースも想定していたのだが、指定された駅名は会社から数駅しか離れていない、普通の街の中にある駅だった。
最後に事前提出用の入館申請書類にサインと捺印をした。
「ま、これも深空さんにとって良い経験になるだろうし。重大な任務ではあるけど、あまり気負わずに、ね」
そんな言葉で打合せは終わった。
そんな状況にあっても、ナギは特段緊張はなかった。
与えられた責務を全うする。彼女にとってはただそれだけであり、それは普段の仕事と何も変わらなかった。
打合せ後のナギの仕事はリリース当日の手順書のレビューだった。良い経験になるからということで、新人の夏島に作成させたものに目を通す。
リリース手順自体はナギが現地でUSBメモリを挿すだけなのだが、何か問題が起きた時のリカバリー手順について取りまとめておく必要があった。どのように正常に動いていることを確認するか。どうやって異常を検知するか。それを受けて、誰が、どのようなタイミングで、何をするのか。不測の事態に直面した時、完璧に動ける人間は少ない。予め可能な限りの「最悪」を想定しておくことが出来るかが、リスク対策として重要となる。その場において極力思考せずとも動ける道筋を明確にしておけば、仮に混乱に思考が停止していても最低限はどうにかなるのだから。
資料のレビューは、ナギとしては案外嫌いな作業ではない。
人は不要なものが在ることには気付きやすいが、必要なものを欠いていることに対しては鈍い、というのがナギの持論だ。今目の前にあるものについて検討する事は、判断のための尺度さえ有していれば、それ自体は比較的容易い。だが不足に気付くには、本来そこに在るべき全てが何かを知っている必要がある。
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