第3章 論理的放棄と非論理的蜂起(6)

 腑に落ちない表情を浮かべるナギの顔を見て、ミヅキもその時の会話を思い出したらしい。なんていうかなぁ、と自身の思考を端的に表せる言葉が見つからず、ミヅキは眉間に皺を寄せた。

「相応のリスクは覚悟しないと、得られないものもあるってことよ」

「恋愛はギャンブルってこと?」

「言い方はちょっとアレだけど……まあ、そういう側面もあるんじゃない?」

 仕事においては超合理主義なミヅキの姿とのギャップに、ナギはいつも不思議な気持ちになる。そして同時に、時と場合によって考え方を変えられる彼女を素直に凄いと思う。ナギには、そんな器用さはなかった。

「まー、マッチングのは切り札として最後に取っておくことにさせてもらいますよ。もしかしたら明日ビビッとくる相手に出会うかもしれないんだし」

「ビビッと……所謂、一目惚れ、的な?」

 うーん、と皿に一枚だけ残ったルッコラの葉をフォークの先で弄びながら、ミヅキは言葉を選ぶ。

「俗的な言い方をするなら、そう。要は、私は私の直感を信じたい」

 直感と聞くと、思考の欠如した感性にのみ従った判断という印象を持つ人は多いかもしれない。ある意味では正しいのだが、より正確に表現するのならば「思考を短縮した」と言うべきものだ。その実は、それまでに蓄積した知識と経験によって構築されている。

 何かに直面した時——無意識下に行われるものも含めて——人は、対象はどういうものかを思考し、その後どういった結果をもたらすのかを思案する。そしてその推測の正誤をフィードバックとして、次に同じ状況下に置かれた際の推理材料として用いる。それを繰り返していくことで、特定の事象に対して「AであればBという結果を期待できる」という知識体系を築き上げる。


 脳は、思考の介入を挟まずともその知識体系を参照できるようにショートカットを生成する。どうやって手足を動かせば歩けるか考えずとも歩けるように、ペンの持ち方を意識せずとも字が書けるように、余計なリソースを使わずに活動出来るようなシステムが人間には備わっている。

 直感とは、こうしたショートカット群の機能によって齎される閃きだ。

 よく聞く例で言えば「刑事の勘」というものがあるが、あれこそ経験と知識をベースに瞬時に導かれる超論理的な結論であると言える。インプットされた僅かな痕跡や些細な違和感について、これまで携わってきた事件における膨大なデータベースから自動参照して導かれている。

 直感に欠点があるとすれば、思考をスキップしてしまうが故にそのロジックを咄嗟に説明することが難しいところだろうか。

「MenDACoシステムで、直感の精度は上がったって研究結果もあるらしいから、それも良いかもしれないね」

 気休めになるかは不明だが、ナギは知識を元にそんな言葉を返すことにした。

 直感がどれほど論理性を突き詰めた仕組みであったとしても、人はどうしても感情という余計な情報がそこに混入しようとしてくる。それが功を奏する可能性も否定は出来ないが、逆に作用することも同様に有り得てしまう。最悪の場合、論理を捻じ曲げる。感情の暴走によって生じた事件事故問題は、有史以来どれだけあったことか。だが、MenDACoはそれを制御することができる。

 恋愛における直感において、感情というパラメータは最重要に思われるかもしれないが、対人における「好き嫌い」の実態は種の継続における遺伝的な相性を分かりやすい形で表したに過ぎないとも言われている。

 顔つき、匂い、フェロモン等を、それこそ総合的に評価することで相性を判断し、より良い相手に対して好意として認識する。これは個ではなく、人という種が膨大な時間をかけて構築した直感だ。

 一時の余計なノイズに左右される事なくその直感に従えるのであれば、成功率は高くなる可能性はある。

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