第3章 論理的放棄と非論理的蜂起(4)

「いや、すみませんじゃなくてさ、どうしてこんなことしたのかって聞いてるの。メニューバーがこう表示される訳でしょ。そうしたら、ここにボタン置いてあったら……ほら、どう思う?」

「邪魔、ですかね」

「そうだよね。邪魔なんだよ。でもあえてそうしたんだから、何か意図があったんでしょ?」

「あ、いや、えっと……すみません、位置を、ずらせばいいですか」

「だからさ、何か意図があったからここに配置したんでしょ? それをまずは説明してよ。君には君の意図があった。私は邪魔だと思うよ。でも君はそう思わなかった。もしくは、それでもそうした方がいいと思った。だからそうした訳でしょう? その理由が知りたいって言ってるの」

「い、いや、その……意図とかは、あの……なくて……」

「意図がない? 何も考えてなかったってこと?」

「あ、は、はい」

「どうして?」

「……ど、どうして、というのは」

「なんで考えなかったの? 考えなきゃダメだよね? ボタンの配置一つ、文字の配置一つが他に影響を与えるかなんて、まず考えて当然だよね。でも君は考えなかった。どうして?」

「え、ええと……その、そこまで、考えるべき、って、頭が、至らなくて」

「そういう姿勢で仕事されると、困るんだけど。私たちには、責任があるっていつも言ってるよね」

「はい……」


 議事録のまとめ作業——とは言っても既にAIが自動で文字起こししたものにメモを書き込む程度だが——を終えたナギはノートパソコンを閉じ、部屋を出る。その際に何気なく隣の部屋を覗き込むと、二人はまだ先程と似たような会話を続けていた。

 俯きながら必死に返事をしているのは、新人の三俣家。彼の肩ではMenDACoデバイスが赤く点滅し、フル稼働している。

 一方、彼の向かいに座って語りかけるミヅキの水色のMenDACoは平常状態で彼女の頭上をふわふわと遊泳している。

 一昔前であればパワハラともとられかねない彼女の口調だが、彼女自身、そこに怒りなどはない。彼女には彼の思考が理解できず、真意を問いかけているに過ぎない。それ故に、MenDACoが検知するような激情を含む叱責でない限り、パワハラと認められるケースは、現代社会においては稀である。パワハラの一番の問題点は過度のストレスによる生産性の低下とされるため、MenDACoによってその点はフォローされるからだ。

 ミヅキはかなり仕事のできる部類の人間だ。完璧主義であり、それを実現するために思考し、動くことができる点は会社からも高く評価されている。ナギと決定的に違うとすれば、彼女は自身と同じレベルを周囲にも求める点だろう。

 ミヅキは全ての人は仕事において、完璧に論理的で、完全に合理的な活動をすべきだと思っている。それ故に、そこから外れる行動を取る者が理解出来ない。

 彼女の言葉に、敵意も、悪意もない。

 それでも。

 彼女の言葉に、傷付き、苦しみ、去って行った者はいる。

 MenDACoシステムによるケアがあるので大事には至らないはずだが、どうしてこのような事が起きてしまうのだろう。そこがMenDACoの課題の一つなのかもしれないと、ナギは思った。

 自席に戻って作業の続きに取り組んでいると、私用スマホにメッセージが届いた。『今夜、空いてる?』と一言。

 ナギは念のためスケジュールを確認してから『大丈夫』と返信を打った。誘いが来ることは既に予想していた通りだったので、特に悩むことはなかった。

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