第3章 論理的放棄と非論理的蜂起(3)
「————いや、まじでそれはどうかと思うわ」
突如、そんな言葉が耳に届いた。一瞬だけ自分に向けられた言葉かと思ったが、声は休憩室の奥から漏れ聞こえてきたものだった。
そこにはパーティションで区切られたスペースがあるのだが、そこに人がいたことに気付いていなかったナギは少し驚く。それまで存在に気付かないほど会話が聞こえていなかったということは、その台詞だけ思わず力が籠ってしまったのだろう。
その台詞以降、また声は途切れる。仕切り程度の壁なのでよくよく耳をすませれば会話も聞こえるのだろうが、他人の会話を盗み聞きする趣味はナギにはない。
もうじき昼休みも終わるのでそろそろデスクに戻ろうかとナギが思い始めた時だった。パーティションの奥からガタガタと椅子を引く音が響き、利用者が顔を出した。
最初に出てきたのは、先日歓迎会も行ったナギと同じ課に配属された新人、夏島ケンゲ。
そしてもう一人、若草色のMenDACoを連れた若い男性社員。夏島の同期である新入社員、
二人はナギに気付くと軽く会釈だけして休憩室を出て行った。二人の表情はどこか暗かった。しかし顔よりもナギが気になったのは、二人ともMenDACoが論理ノイズキャンセル実行モード状態だったことだ。
その理由は、なんとなく察している。そしてその原因も分かっている。恐らくは、2課が問題なのだ。
ナギが思うに、
MenDACoデバイス担当の1課に対して、2課はスマホアプリを担当している。メインとなるのはMenDACoデバイスの検知結果をフィードバックする『心海モニター』だが、それ以外にも新アプリ開発も行なっている。
社会基盤に関わるという点ではいずれの課も責任の重さに変わりはなく、志などに差がある訳ではない。だが、MenDACoを運用していく点に注力する1課に対して、2課はアプリ使用者である国民に対して向き合っている。使用感や不具合などの問題があればユーザから直にフィードバックがあることから、いわゆる『顧客満足』の視点を重視した姿勢を取っている。
当然ながらそれはビジネスとして取り組む以上は必要なことであり、その真摯さが意識の高さに繋がり、ひいてはアプリのクオリティに帰結しているのだから、素晴らしいことなのだろう。——だが、だからこそ、求められるレベルは高くなる。
その日の午後、ミーティングルームで作業していると、隣の部屋から声が漏れ聞こえてきた。
「……君さ、どうしてこんなことしたの?」
怒鳴ったり叫ぶではないが、明らかに大きな声を出しているのは、2課所属の
ミーティングルームは元々一つの大きな部屋をパーティションで区切って作られている。ある程度の遮音性はあるが、防音されている訳ではないため、こうして隣の声が聞こえることはたまにあった。自分達も会議中でなどあれば気にならない程度ではあるのだが、ナギは丁度今し方オンライン会議を終えて議事録をまとめているところだったので、キーボードを打鍵する以外はほぼ無音状態だった。
聞き耳を立てるつもりは毛頭なかったが、一度意識してしまうと嫌でも耳に入ってくる。聞かないようには努めたが、残念ながら効果は薄かった。
「す、すみません……」
彼女の会話相手は若い男性のようだった。
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