第3章 論理的放棄と非論理的蜂起(2)
入道はテレビを見ながら眉を顰める。
「MenDACoシステムに反対していて、テロを画策していたとなると、もしかしてウチの会社もやばかったのかなあ」
「狙われた可能性は、高かったかと思います」
「だよねぇ、やっぱり」
淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを自販機から取り出しながら入道課長が言う。そのマグカップの側面には彼の似顔絵が描かれている。数年前に彼の娘が誕生日にくれたものらしく、それ以来愛用している。
「爆弾とか作ってたらしいし、このビルが狙われたりしなくて本当に良かった」
爆弾云々についてはワイドショーで言われているものなので鵜呑みにして良いかは微妙なところだが、彼らが反対するMenDACoシステムを開発した会社であるノーチラスシステムは、彼らにとっては元凶であり敵の本丸と言える。そこに矛先が向けられる可能性は、低くはないだろう。そうなる前にトップが逮捕されたと言うのは喜ばしいことだった。
ナギは考える。そこまでして、どうして彼らはMenDACoを嫌うのだろうと。
MenDACoが完全に完璧なものであるかと言われれば、正直なところ、ナギも首を縦に振ることは難しい。まだまだ問題や課題は当然のことながら残されていることを、彼女も理解している。だからこそ、自分達がこうして働いているのだから。それを日々アップデートし、より良いものにしていく責務がナギを含めた『開発・運用側』の人間にはある。
しかし。
それを抜きにしても、MenDACoが有るのと無いのとでは、社会にとってだけでなく、個々の人間にとってポジティブな作用を齎すのかについては、火を見るよりも明らかだと思う。
反対意見が出ること自体を咎める気はない。それは弁証法におけるアンチテーゼとして、発展と進化を進めるには必要不可欠なものであると理解している。全員が100%で納得出来るものなど、この世には存在しない。だからこそ、対立意見を擦り合わせることで、次へ進めることができる。だがそれはあくまで議論が可能な相手であることが前提となる。
それらしい言葉を並べ立てて、健上法およびMenDACoシステムを否定するばかりの情動解放同盟は、話の通じる相手とは到底思えない。テロを計画するような者達であることが、何よりの証明であるとすら感じられる。
「ああ、そうだ。リリース作業の件、申し訳ないけどよろしくね」
「はい、大丈夫です」
それじゃ、と自分のデスクへと帰って行く入道課長の背中を横目で見送ってから、テレビに意識を戻す。コメンテーター達が情動解放同盟についていろいろと述べている。
『テロだなんて、やり方が非常に短絡的。こういう人たちにこそ、MenDACoシステムは必要だと思いますけどねえ』
いわゆる御意見番として知られる女性脚本家がそんなことを言った。ナギもそれに心の中で同意する。
ナギは、人間の中に自然に発生する情動そのものを否定するつもりはない。だが、それを律してこそ、こうして文明を築いた人間らしさの本質ではないのだろうか。
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