第3章 論理的放棄と非論理的蜂起
7月初頭。
『————反政府運動組織である「情動解放同盟」のリーダーとして逮捕された
昼休み。休憩室で深空ナギは、ぼんやりとTV番組を眺めていた。昼食は既に食べ終え、そのまま何をするでもなくソファに腰掛けたまま、壁際に設置されているテレビに視線を向けている。しかし、上の空の彼女にはその内容の3割も頭に入っていない。
画面の左上に小さく表示された天気予報の雨マークを見ながら、今年の梅雨明けはいつになるのだろうと、至極どうでも良いことを考えていた。もう現代の日本において四季とは形骸化した概念でしかないなあ、などと無意味な思考に脳のリソースを割り当てていた。
「——テロだなんて物騒だねえ」
不意に背後から声が聞こえ、ナギは振り返る。いつの間にか入道課長が背後に立っていた。彼はそれだけ発してから休憩室の隅にある自動販売機へと向かうと、手にしていたマグカップを所定の位置にセットし、スマートフォンを機械にかざす。普段は紙コップでコーヒー等を淹れてくれる自動販売機なのだが、カップを持参することでエコポイントが貯められる仕組みとなっており、溜めたポイントで様々な懸賞へ応募出来る。入道課長はずっと家庭用のコーヒーメーカーを狙っているのだが、今のところ連敗記録を伸ばし続けている。
「あ、はい……そう、ですね」
生返事をしつつ姿勢を戻し、ようやくナギの意識がテレビに向けられる。そこでようやく現在の番組で取り扱われている内容を認識した。
自動販売機がゴウンゴウンと小さく音を立てながらコーヒー抽出されるのを待ちながら、入道はナギとテレビの方へ向き直る。
「情動解放同盟、ってあれだよねえ。健上法反対派で、過激派の」
「それですね」
情動解放同盟。健上法反対運動を行う集団は多くあるが、名前だけで言えば日本で一番その名が知られている団体だろう。無論、悪名だが。
健上法、特にMenDACoシステムに関して施行当初より反対の声を上げており、国会前や各地でデモ活動を繰り返していたのだが、自分たちの声が聞き入れられないとなると暴動じみたことを起こして度々問題となった。その時点ではかろうじて「危なっかしい集団」程度の存在で済んでいたのだが、決定打となったのは春先に発生した厚生労働大臣誘拐未遂事件だった。
健上法を撤回させるため、当組織の構成員が大臣を誘拐しようとして襲撃したのだ。SPなどにより実行犯達は逮捕され、組織のトップである小坂目氏が責任を問われて逮捕となった。真偽は定かではないが、あくまで暴走したメンバーが引き起こしただけであり、彼から指示があった訳ではないらしい。だとしても、それを止められなかったことは、上に立つ人間として責任追及を免れるのは難しいだろう。
これにより、情動解放同盟は反政府運動団体として世間に認知されるに至った。
彼らの主張は一貫している。
『MenDACoシステムは、人間としての生き方を蹂躙し、人権を著しく侵害し、人間らしさを不当に奪うものである』というのが、彼らの主張だ。
ナギには、到底同意出来るものではなかった。
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