第2章 選択しない選択、或いは選択肢のない選択(6)

 結局ハヤテはクリームソーダを注文した。この店ではソーダの色を選べるらしく、そこでもまたうんうんと悩んだ末に彼は青を選択した。

 深い青色をした液体の上にアイスクリームが乗せられた見た目の愛らしさは理解しないではないものの、やはり自分では選ばないメニューだなとナギは思う。

 映画の感想が一段落つくと、互いのパーソナルに関するものへと話題が移った。考えてもみれば、まだお互いの事をろくに何も知らないのだ。そんな相手と一緒に映画鑑賞をしていたという事実は、とても奇妙なものだとナギは今更に思う。

 MenDACoについては完全に社外秘の内容のため、勤めている企業名や内容は伏せて、システムエンジニアとして働いているとだけハヤテに伝える。

「はえー、やっぱり頭いいんすね」

 自分の仕事が特段『頭の良さ』を求められるものかどうかは定かではないが、肉体労働職に比べれば頭脳を求められるものではあるのだろう。

「自分は、フリーターっすね。今は居酒屋とビル清掃の掛け持ちっす」

 またしても、今時珍しい人だとナギは内心少し驚かされる。

 AIによる最適解の提供は就職についてもカバーしている。ナギの就活時にあったような超就職氷河期は例外にしても、AIによる人材のマッチング率は9割を超えており、よほど選り好みをしなければ新卒でなくてもどこかしらには就職できる。

 もちろん今の時代においても自分時間を最優先する為であったり、個々の事由によってフリーターという選択肢を取る人間がいないではないが、福利厚生や給与の観点から「とりあえず定職」というのはかなりスタンダードな生き方である。世界的な情勢が不安定なご時世だからこそ、その傾向は強い。

 何か他に優先したい生き方があるのか、というようなことをナギは問いかける。

「んー……いや、別に? ないっすね。なんか、なんとなーくやりたい事やってるって感じっすね」

「やりたい事、ですか」

「というか、やりたくない事をしたくなくて、逃げてたらこうなったって感じかもしんねーっす。キチっと会社員、みたいなのがどーにもダメなんすよね」

「はあ」

 やりたいこと。やりたくないこと。

 生きていく上で、案外馬鹿にしてはいけないことではある。


 サッカーに秀でた能力を持っている人間の例で言えば、確かにその人の能力が正しく発揮できる場所に居ることが、何より社会的評価を得られる在り方だろう。

 では、もしその人が「団体行動を何より苦痛に感じる人間」であったならばどうだろう。或いは、スポーツという活動自体を嫌悪している人間でも良い。

 どれだけ得意でも、当人がしたくないことをするのは、果たしてその人にとって幸せなのだろうか。そもそも、長続きするのだろうか。

 能力と在り方のマッチングがその人にとっての社会的成功を表すのは間違いない。

 逆説的に、何を好きになり、何を嫌うのかも、一つのその人の能力であると言える。

 何を好きになれるのか。

 何を嫌いになれるのか。

 それは能力であり、個性であり、そして感情でもある。

 あまりにも複雑な存在であるそれを、ナギはいまだにどう扱うべきか決めあぐねている。

 自身の好き嫌いですらぼんやりとした輪郭しか捉えきれていないのだから、他者におけるそれは掴みどころがないなんて話では済まない。

 誰かを好きになるということがどういうことか、分からない。

 誰かに好きになられるということが何を意味するのか、理解出来ない。

 学生の頃に寄せられた好意を受け入れ、理解してみようと努力してみたこともあった。その結果は得られたものは「何を考えているか分からない」という去り際の言葉だけ。自分から想いを伝えたことなど、あるはずもない。そのまま、ナギは歳を重ねてしまった。

 これもある意味、やりたくないことを避けてきた結果なのかもしれない。

 かような人間に、なるべくしてなった。

 それが悪い事とは、特段思わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る