第2章 選択しない選択、或いは選択肢のない選択(5)
上映終了後、2人は映画館近くのカフェに移動することにした。道中、彼の口から感想が漏れる。
「いやー、完全に予想を裏切られたっす。まさかそう来るとは……予想だにしなかったっすね」
ナギの不安は杞憂だったらしく、ハヤテは存外映画を楽しめたらしい。よかった、とナギは思う。移動中もハヤテは映画の感想をよく語ってくれた。普段は一人で鑑賞するナギにとって、他者の視点からの感想を聞くというのは案外悪くない経験だった。
途中、感想の合間でハヤテの理解が追いつかなかった箇所について疑問が漏れると、ナギが解説を返した。
「はえー、なるほど! ナギさん頭いいんすねぇ」
大して難しい話でもなかったのだが、ハヤテは心底感心したようだった。
喫茶店内に入り、窓際の席に通された。向かい合わせで腰掛けると、それぞれの前に店員が冷水とおしぼりを並べる。店員が配膳をするタイプのアナログな店だった。
テーブルの隅に立てられたメニュー表に目を移す。時刻は16時過ぎ。ランチメニューは既に提供を終えていたが、ハヤテと合流したのが昼食後だったため特に問題はない。
ナギはドリンクメニューにスマホのカメラをかざす。一瞬の間の後、画面上に「ハーブティー」がレコメンド商品として表示される。注文が決まったのでハヤテの方に視線を移すと、メニュー表を見ながら難しい顔をしていた。
「カフェオレか……いや、このフルーツティーってのもうまそうっすね。ただ、自家製ジンジャーエールもアリだなぁ。うむむむむ」
注文が決められずに真剣な顔で悩む彼を見て、今時珍しい人だなぁとナギは思う。
大抵の選択の場において、AIがベストな答えを出してくれるというのに。
若者の選択離れなんて言葉が流行ったのはいつのことだったか。選ぶ能力が欠如した人が増えていると社会問題として取り沙汰されていた時期もあったが、若者に限らず社会的にAIに任せる方式がスタンダードとなった今ではそんな事を言うのはかなり上の年代の層ぐらいのものだろう。これも──というより、これこそがWHATA*2MEの功績であり真価と言える。
WHATA*2MEの命名は「what a * to me!」が名前の由来となっている。和訳するならば「私にとって素晴らしい××だ!」という驚きや感動を含む文となる。WHATA*2MEは人という大きな括りに対して何かを行うのではなく、各個人を認識し、そのパーソナリティを学習する事によって、その人が本当に求める物を提供出来るようにすることを目的としている。時にはツールとして、時にはサポーターとして、あるいは友人や隣人ともなる。対象となる人の数だけ「××」に当て嵌まるものになり得る可能性を有しており、その人に驚きや感動を提供したい、との意図で命名された。
WHATA*2MEは空気を読むAIとされるが、行間を読むにはそれ以外のことを知っておく必要がある。カメラが必須となるのは身振り手振りなどの動きを感知するだけでなく、顔認証による識別の目的が大きい。あらゆるところにWHATA*2MEが組み込まれていることで、その人がどこで何をしているかという情報が常に蓄積されていく。そしてその背景情報から、その人の欲する物を推測している。
例えば飲食店でメニューを選ぶ時、専用アプリをかざす事で、その人の過去の好み、そこに至るまでの行動といったパーソナル情報に加えて、今日の天気、気温などの外的要因などを考慮して、最適なメニューを提示してくれる。
それが仮に自分の好みと合わなければ別の選択をすれば良いだけの話で、次からはそうしてアップデートされた情報によって更に選択結果は洗練されていく。その結果、自分の頭を使わずとも自分が選ぶのと遜色がないどころか、本当に選ぶべきだったものを提示して貰えるのだから、それを活用しないのは勿体無い。
このWHATA*2MEのパーソナル識別機能はMenDACoにも組み込まれている。むしろ、WHATA*2MEがなければMenDACoは完成していなかったことだろう。人間は正に十人十色千差万別なタイプが存在している。外的ストレスにおける反応も様々であり、論理ノイズキャンセルの効果を十分に引き出すにはそれぞれに合った微調整が必要となる。それを実現しているのがWHATA*2MEだ。
ちなみに、MenDACoの個人データを集約しているデータセンターは元々WHATA*2MEも利用している場所であり、どちらも国営だからこその堅牢なセキュリティにより守られている。
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