第2章 選択しない選択、或いは選択肢のない選択(3)
仕事終わりの帰路、いつもの心臓破りの階段に差し掛かったところで、階段手前に人影がいる事に気付いた。こちらに気が付くと、その人物はナギに向かってぶんぶんと手を振った。先日行き倒れていた男、高海ハヤテだった。
「ナギさん! よかった! また会えた!」
「貴方は……たしか、高海ハヤテさん。もしかして、ずっと此処で私を待っていたんですか?」
「そうっす! いやー来なかったらどうしようかと思ったんですけど、会えてよかった!」
彼の高揚に反応して、彼の肩で彼のMenDACoが淡く光る。この程度のことでシステムが動作するほどに一人でテンションを上げられることに、ナギは感心すら抱く。
それにしても、とナギは思う。彼が此処に到着するより前にナギが通過している可能性や、残業などによりもっと遅い時間帯に通過する可能性もあれば、そもそも今日はこの道を使わないことだって有り得たかもしれない。それにも関わらずひたすら待っていたというのは、なんて非効率的な待ち合わせなのだろうと考えてしまう。
「──それで、私に何か用でしょうか?」
「いやだなぁ、この間言ったじゃないっすか。お礼させて欲しいって。それで何をするのが良いかいろいろ考えたんすけど、ちゃんと本人の希望に沿ったものにするのが一番かなって」
好みや性格もろくに知らないのに、押し付けるようなお礼をされても、相手からしてみれば迷惑でしかないだろう。そういう合理的な考え方も出来るのか、と失礼ながらナギは思う。
「別に、気にしないで下さい。お礼のためにやったわけでもないですし」
「まあまあまあ、そう言わずに! なんでも言ってくださいよ! 欲しいもの、して欲しいこと、なんでもいいっす。あっ、あんまり高価な物とかのはちょっと厳しいっすけど、命の恩人の為ならなんでもしますんで!!」
テンションの昂りに合わせて、一時待機モードに入っていた彼のMenDACoが再び光を放つのを横目に、ナギは言葉に詰まる。
気持ちは充分有難いのだが、そう言われてもナギも困る。基本的にナギが欲しいものは生活に必要なものであり、必要なのであれば自分で買い揃える。何をどのタイミングで買うかはある程度スケジュールが構築されているので、このように突発的に手に入れる機会が出来たとしても、そのスケジュールを崩してまで欲しがるようなものは特にない。
そうなると、自分の中で優先度が低いものの中から選ぶことになる。余裕があれば追加で選ぶが、それほど積極的になるほどではないもの。余計な負担を相手に背負わせることはなく、それでいて軽いお礼としては程良い規模感のもの。
何か、あっただろうか。
しばらくの熟考を経て、ナギは一つの妥協案に至る。
「──では、お礼として映画代を出して頂けますか。気になっている作品があるので」
それを聞いてハヤテは一瞬キョトンとした後、笑顔で親指を立てる。
「お安い御用っす!」
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