第1章 素晴らしき哉日本(8)

 ごくごくと小気味よく喉を鳴らしながらペットボトルの水を飲む男性。息継ぎもろくにせず、続けてジャムパンの包装を乱暴に破り取ると、口内へぎゅうぎゅうと詰め込み、また水で流し込む。

「ぷはぁっ! い、生き返ったあああ!!!」

 ナギが最寄りのコンビニで買ってきた飲料と食料を摂取し、やっと男性はまともな対話が可能なまでに回復した。

「いや、マジで! マジで助かりました!! 命の恩人!! あざっす!! ほんともう、マジのマジであざっした!!!」

 地面に頭を擦り付けん勢いで頭を下げる男性に、ナギは「いえ……」と答えることしか出来なかった。

「すんません、今何も持ち合わせがなくて、お礼もなんもできなくて……でも、この恩は必ず、絶ッ対、返させて下さい!!!」

「大した額でもないですし、構いませんよ。……それで、救急車呼んだり病院行かなくて、本当に宜しいんですか?」

 男性はぶんぶんと首を横に振る。先程も確認したのだが、医者にかかる程ではないと言って頑なにそれを拒んだ。

「お陰様で回復したんで! あとちょい休めば大丈夫ッス! あざっした!!」

 当人がそう言うのなら、ナギとしてはそれで構わない。であれば、自分の役目はここまでだろう。ナギは家に帰らせて貰おうとした。

「あ、ちょいちょいちょい、待って下さいよお姉さん! 流石に、命の恩人に名前も聞かないなんてできねっす! おっと、まずは自分からっすよね。俺、高海たかみハヤテっす。お姉さんは?」

 お姉さん呼びに少々引っ掛かりを覚えたナギであったが、彼の押しに負けて名乗った。深空ナギです、と。

「ナギさん!! ありがとう、ナギさん! いや、ナギ様!! ちょっとまだ動けそうにないんで、いつか——いや、近いうちに絶対恩返しするんで!! 今仕事帰りな感じなら、家この辺ってことっすよね? じゃあ、何としても探し出してお礼するんで! 待っててください!! あとは放置で全然問題ないっす! まじで、ほんと、あざっした!!!」

 そんな調子の言葉がしばらく続いた。このまま居ても息苦しくなりそうだったので、用事があるからと理由をでっち上げ、ナギはその場を離れることにした。

 未だに続く圧の強い御礼の言葉を背中に受けながら、ハヤテの元を離れて階段を下る。降りきったところで念のため振り返って見上げてみると、彼はまだそこで大きく手を振っていた。

 何故だか、ナギの胸の内にはもやついたものがあった。しかしその正体を掴めぬまま我が家に到着する。

 リビングに着いたところで、ふとスマートフォンを取り出して、通知を発見する。通知時間は、ほんの少し前の時間。ハヤテと会話していた頃だ。


『心海にわずかな乱れが検知されました。何かありましたか? 心配事や悩みがある場合は、専門機関への相談も有効です』


 それは、ナギのMenDACoデバイスが今日まで稼働してきた中で、最大値の論理ノイズを検出していた記録だった。

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