第1章 素晴らしき哉日本(5)

 ミーティングルームには、ナギを含めて3人の姿があった。

 一人は、チョウ・チアン氏。ナギと同じく入堂課長の配下であり、ナギとほぼ同年代の男性社員ではあるが、ナギのチームの一員のため実質的には部下に当たる。隣国出身で少々イントネーションなどに独特さはあるが、コミュニケーション上の問題は感じた事はない。日本の大学で情報処理やプログラミングを専攻していたこともあり、主戦力として非常に助けられている。

 もう一人は、夏島ケンゲ。大学卒業してさほど日も経っていない若々しい青年である彼の顔には、僅かに緊張の色が見える。新卒入社したてなのだからそれも仕方がない。彼は集合研修を終えて1課に配属されたばかりであり、これからナギの下で共に働くこととなる。チームメンバーは他にも居るが各々の作業にあたっているため、まずはチームの中心である二人が新人への業務説明を行うべく、この場を設けたのだった。


「説明するまでもないかもしれないけど」

 そう前置きをしてから、ナギは夏島へシステム概要を話し始めた。

「『MenDACo』システムは、デバイスとアプリの二つで成り立っています」

 ナギは机の上に予め用意していたMenDACoのデバイスをペンで軽く突いた。ナギや同席する彼らの肩に乗っているものとは違い、特に着色コーティングのされていないアルミ製の表面に、『試験端末002』と印字されている。人体を観測し、論理ノイズキャンセルを実行するそれは、このシステムの根幹である。

「ご存じの事かと思いますが、これは深海生物のメンダコという生き物の姿を模しています」

「メンダコをモチーフのアイデア、深空サンの発案が採用のコトですよ」

 チョウさんの補足に、「えっまじすか、すご!」と夏島は目を見開いて驚く。

「ええ、まあ」

 正確には、ナギが付けていたストラップのメンダコマスコットを見た竜宮社長の思い付きから始まったのだが、社長が「これは深空さんの発案だ」と言い触らすせいで社内ではそれが事実となってしまった。そもそもMenDACoプロジェクトが始動したのはナギが入社する前であり、その思い付きもナギが学生時代に縁があった時に由来する。だが今となってはそんな微細をいちいち訂正するのが面倒になり、ナギも半ば諦めて強く否定はしないスタンスを取っているのだった。


 メンダコとは。

 その名の通り海洋生物であるタコの一種だ。しかし一般的なタコとは異なる点は多い。

 メンダコは主に水深2,00mから1,000mに生息している深海性の生物だ。サイズはおよそ10〜15センチ程度。8本の足と吸盤を持つのはタコの仲間らしい特徴と言えるが、まるで上からすっぽりと布を被せたかのように体全体が膜で覆われているため、足の一本一本は傘の骨のように膜で繋がっている。それにより、まるでお椀を逆さに置いたようだとか、UFOのようなシルエットなどと言われることが多い。

 頭頂部には二対のヒレが、まるで動物の耳のように生えている。これは泳ぐ際の方向転換やバランスを取る為についていると言われ、他の深海性のタコ(ジュウモンジダコやコウモリダコ等)にも多く見られる特徴でもある。

 また、一般的なタコとの違いとして、墨袋を持っていない事が挙げられる。光の届かない深海では墨を吐いても意味があるとは言い難い。

 見た目の愛らしさから、一部では深海のアイドルと呼ばれるほどの人気を博している生物、それがメンダコだ。

 MenDACoのデバイスは、その姿を模して作られている。サイズが実物よりも小さいことやカラーバリエーションが豊富な事などを除けば、基本的なフォルムはほぼそのまま再現されている。

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