前世で世界を救ったことのあるタイプの陰陽師



「い゛っづぅ~……」


 パラパラと、上から落ちてくるコンクリートの破片を感じて起き上がる。

 どうにもカミサマに吹き飛ばされて、そのままどっかに激突したらしい。

 良く死ななかったな……と、自身の頑丈さに感謝しつつ、辺りを見回した。

 瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫──白いジャケット。いた。


「おい、あんた……火乃宮、だっけ? 大丈夫──なわけないか」


 まるで虫けらみたいにぶっ飛ばされたのは、もちろん俺だけではない。

 俺の前に立っていた、勇ましい魔法少女も同様である──だから、当然ながら、彼女もそこに倒れ伏していた。

 薄い桃色の髪に、魔法少女の制服。見間違いようがない。

 元より血反吐を吐くほどの負傷をしていた彼女である。

 今のが決定打になったのか、身動ぎ一つ確認できない彼女の首元に、そっと手を添えた。


「呼吸あり、脈拍あり。骨は幾つか折れてそう……かな、この感じだと。とりあえず、死んではないか」


 今すぐ死ぬってことも無いと思う。ただ、意識を取り戻すのには大分かかるだろう──いや、ちょっとこれ、どうする? どうすればいい?

 もちろん、逃げるべきではあるし、身を隠すべきである。そんなことは分かっている。言うまでもないし、聞くまでもない。

 でも、どこに逃げろというのだろうか? どこに隠れろというのだろうか? しかも彼女──火乃宮を背負って、である。

 近くのシェルターの場所なんて知る訳がない。頼りのスマホはポッケの中で粉砕してた。お陰様で助けも呼べない。


「ま、それでもずっとここにいるよか、移動した方がまだマシではあるか──」

「──あっ、あらか?」


 怪我人を動かすのもどうなんだろうと思いつつも、担いで背負ったところ、何だか見知った声が耳朶を叩いた。

 遅れて目線を向けると、そこには今朝方話したばかりのブルーボブの女性──躬恒先輩がいた。

 驚いたような、焦っているような、そんな様子で。


「え゛っ、先輩。何でここに……?」

「いや、それは私の台詞なんだけどね──ここ、私の隠れさぼりスポットだから」

「普段こんなとこにいたんですか……何ていうか、穴開いてて居心地悪そうなとこですね」

「悪くなったのはたった今なんだけど!? さっきまでは最高の秘密基地だったもん!」

「キャラ崩れすぎだろ……」


 "もん"って、今時あざとい系女子でも使ってるところ見ませんよ。なんて言えば、うっさい。と頭を叩かれるのだった。これは俺が悪い。

 躬恒先輩も動揺しているのだ。普段のクールさが消えつつあるくらいには。


「でも、ちょうど良かった。躬恒先輩、ここから一番近いシェルターって分かりますか? そこに向かうのが、最善だと思うんですけど──あっ、事情とかって」

「あは、分かってる分かってる。警報で起きたんだもの、私。てゆーか、今も鳴ってるしねぇ。幾ら私でも、これをスルーできるほど不良じゃないよ」

「胸張って言うこと? まあ、良いですけど……案内頼めますか?」

「それは構わないけどさぁ……残念。もう、意味ないかもだ」


 その言葉の意味を、問うことはなかった。何故なら不要だったから。

 振り返ればすぐそこに、その答えはあったからである──カミサマが、金の瞳を輝かせて、俺たちを見ていた。

 濃厚な死の気配。自身がここで死ぬのだという、絶対的感覚が頬を撫ぜる。


「ぐぅ、あぁぁ! 砲撃魔法キャノン……レベル3!」

「う、おおぉ!?」


 背中から絞り出すような絶叫がして、クリアブルーの魔法陣が幾つも眼前に展開された。

 砲撃音はしない。けれども確かに撃ち出された魔力の砲弾は、そのほとんどがカミサマへと殺到し──ほんの数発だけが、足元の床を爆砕した。

 地の感触を突然失って、巻き上がる白煙に潜り込むように、身体が落ちていく。


「いやこれどっちにしろ死──づぁ!?」


 落下は長く続かなかった。

 僅かに感じた浮遊感(恐らくだけれども、火乃宮の魔法)に一瞬だけ持ち上げられて、割と痛いくらいの衝撃でしりもちをつく。遅れて落下してきた躬恒先輩を、慌ててキャッチして、その衝撃にもう一度唸った。

 一緒に落ちてきた瓦礫の他に、目に入ったのは機械的な壁面だった。見渡す限りが人工的に作られた、巨大な空間──というよりは、広大な通路。

 見覚えはない。けれどもそれを、俺たちは知識としては知っていた。


「わお……私の秘密基地って、地下通路の真上にあったんだ。知らなかったー」

「うおー、初めて来た。ちょっと感動……」

「あは、言ってる場合? こんな時でも暢気なんだねぇ、あらかって」

「おんなじ台詞、そっくりそのまま返しますよ……でもまあ、人生余裕ある方が充実するって言いますからね」


 そんな詭弁を吐きながら、じわりと痛み始めた身体に目を向けた。

 どうにもずっと出ていたアドレナリンが切れてきたらしい。全身を駆け巡る痛みが、これは現実なのだと知らしめている。

 夢ではない。

 天気の一つなんかではない。

 防御障壁の、向こう側の話ではない。

 それに追い打ちをかけるように、背負っている火乃宮が息を吐いた。


「下ろして、ください。それから、逃げて。後はわたしが、何とかしますから」

「……何とか出来るようには、到底思えないけど?」

「ふふ、そうですか? でも、ご安心を。こう見えて勝算は、あるんです──ホントですよ?」


 あからさまな空元気だった。

 そして、それすら食らいつくすように、カミサマは姿を現した──砲撃による損傷は、一つたりとも見当たらない。


「────っ」


 カミサマは、言葉を発することはない。

 獣じみた咆哮も、電子機器みたいなノイズも出すことはない。

 意思を持つのかさえ不明──けれども、カミサマが次動いた時が、俺たちが死ぬ時であることだけは、良く分かった。

 さながら龍の如しカミサマが、巨大な咢を僅かに開く。その奥では、破壊の光が瞬いていた。


 それを前にして──やはり俺は、少しだけ考えた。

 そう、俺は考えたのだ。考えてきたのだ。

 こんな世界に生を受けてから、ずっとそうしてきたように。

 どうしようかと。

 どう生きていこうかと。

 これまで通り俺は考えて、考えて──そうして、早17年続いた思考を、打ち切ることにした。


 ずっと眠らせていたを、静かに起こす。

 猛然と迫ってきたカミサマに掌を向け、一言だけ紡ぎ落とした。


「【止まれ】」


 ガクン! とカミサマの動きが不自然に止まった。

 まるで突然、その場で金縛られたように。

 光を口腔の奥底で輝かせながら、なお微動だにしない──できない。

 まあ、そりゃそうだ。

 

 ましてやカミサマであれば、なおのこと。


「──えっ、ちょ、え? な、何それ。魔法……いや、そんな訳ない。有り得ない。な、何をしたんですか!?」

「んー、まあ、呪った──って言うと、仰々しすぎるか。お願いしたんだよ、止まってくださーいって」

「かなりの命令形でしたけどー!? う、ゴホッ」


 ビックリしすぎたのか、絞り出すような叫びをあげてからダバーッと血を吐く火乃宮なのだった。……いや「なのだった」じゃないなぁこれ!

 回復は苦手分野なんだよ、俺!

 割と体力を使い果たした感じのある火乃宮を案じていれば、バチっと熱烈な視線を送られているのが分かった。

 誰からかと言えば、もちろん、お隣の躬恒先輩からである。

 彼女は目をキラキラ輝かせて、薄く口を開いた。


「あは、何それ。やっぱりあらかは女の子で、魔法少女だったってこと?」

「全然違いますけど!? というか、やっぱりって何!? 俺のことそういう目で見てたんですかー!?」

「えへ。それじゃあ、どういうこと?」

「……じゃあ、俺はってことです。って言えば、先輩は納得できますか──【動くな】」


 指を指し、再度紡いだ言霊が、鎖のようにカミサマを縛り直す。

 17年振りに励起させた呪力が、ようやく目を覚ましたように、俺の全身に刻んだを満たし始めた。

 それに従うように、肉体が前世かつてのコンディションを思い出していく。

 徐々に見える世界が変わる。視えるものが増えていく。全てが元に戻っていく。

 こうなってしまったら、もうフッツーの高校生には戻れないなあと、少しだけ寂しくなった。

 もうちょっとくらいは、普通の一般人というのを満喫したかったのだけれども。


「わはは、意味不めーい。でも、それが良いね。最高! やっぱりあらかって、只者じゃないと思ってたんだー」

「何ですかその微妙な評価……俺は只者でありたかったんですけどね」

「ダメダメ。特別であるべき人というのは、常にそうあるべきなんだから──で、あらか。アレ、どうするの? その……呪い? お願い? で、倒せたりするの?」

「もちろん。でも、出来れば場所を変えたくて。生まれてこの方、只者やってきたので制御が難しいんですよね」


 下手したら、この辺に厳つい大穴とか空けてしまうかもしれない。

 それは、まあ……ダメだろ。

 死人とか超出るぞ。俺に責任を取れるようなレベルの話ではなくなってくる。


「あー……あは、それならさ。でやれば良いんじゃない? ちょうど、ここは地下通路なんだから。搬入口、そこにあるよ」

「や、まず『扉』が開かないでしょ……ぶっ壊す訳にもいかないし」

「突っ込むところ、そこ? 外で活動できないとは言わないんだ?」

「まあ、出来ますからね」


 転生前かつては色んな所で戦ったものである。

 空も海も地の底も、宙でだって戦った。

 もちろん、フィジカル的に鍛えた訳ではなく、オカルティックな鍛え方をした結果だけれども。

 使いようによっては、あらゆる場所での活動を可能にする。

 俺の身を流れる呪力というのは、そういうものだ。

 まあ、今時はもっと万能なエーテルコートとかいう魔法具があるので、自慢できるほどのものでもないのだが……。


「それじゃあ、私なら開けられる──って言ったら?」

「冗談なら、今すぐ撤回した方が良いですよ、躬恒先輩。大変なことになります」

本当マジだとも言ったら? 当然、正規の方法じゃないから、無理矢理開ける形になるけれど──」

「──お願いします」

「いいね、即答だ!」


 じゃ、これ借りるね。とだけ言った躬恒先輩が、火乃宮の手から魔法具を借り、そのまま『扉』のコンソールへと駆け寄った。

 火乃宮の魔法具を器用に手繰り、『扉』のシステムへとアクセスする──と、ここまで語れば分かるだろうが、『扉』というのは俗称に過ぎない。

 正式名称は、『エアロック』。

 俺たちの暮らすこのと、外に広がる外界──を出入りするための、巨大かつ重厚な『扉』のことを指す。


「アクセス完了──開くよ! 3──2──1──0!」


 本来、二重構造となっているエアロックドアが、強引なアクセスによって同時に開く。

 それにより、正常な運用をされていれば発生し得ない、強烈な気圧の変化と空気の流出によって、俺は凄まじい速度で宇宙へと吸い上げられた。

 それに身を委ねながら、カミサマへと言霊を放つ。


「【来い】!」


 瞬間、縛りから抜け出しつつあったカミサマが俺の方へと飛び込んできた。

 揃って宇宙空間へと身を投げ出される──同時、カミサマの頭へと指先を触れた。

 17年、紡ぐことのなかった詠唱が口端から零れ出る。


「【此処に在ります我が身こそは神々の代弁者 我が声は神の声 即ち浄化の一音 救いの導であれば】」


 術式が起動する。

 前世では日常的に振るっていた、非科学的な異能が今世において、初めて光を宿した。


「【ただ一つ 祓われ給え】」


 爆光。

 光の御柱が真っ暗な宇宙にそそり立って、カミサマを吞み込んだ。

 その後には塵一つ、残らない──いやぁ、これマジでコロニー内でやらなくて良かったな!

 海中を揺蕩うような、慣れない宙の浮遊感に身を浸して、ぐたりと身体の力を抜いた。


「さて、と。どーやって説明したもんかなあ」


 実は俺、転生者なんです。

 そんでもって、

 そんなことを馬鹿正直に言って、信じてもらえるかなあと、小さく苦笑いした。




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