童貞じじい、一日一度、女に触れなきゃ死ぬ呪いを掛けられる
@bubibe
第一話 女を落として使い魔にしなきゃ死ぬ呪い
一
わしの鼓動は現在、大変高鳴っている。目の前に金髪碧眼の人妻がいるからだ。彼女は、普段は子供が使う小さな椅子に座って、わしを射抜かんばかりの強い眼差しで睨んでいる。しかし、彼女はそれ以上の抵抗はできない。口はテープで塞がれているし、手足も魔法で縛られている。もちろんわしが拘束したのだ。
わしは震える手(触手)をゆっくり、彼女へ伸ばした……。
二
時間は遡る。ある日、わしは久しぶりに外出した。占屋に行くためだ。ちょっと、人生不安、生れてこの方彼女無し、友人もとうに無し、貯金も無し。これらの事実が先行き不安の嵐となって、わしに襲い掛かって来たのだ。具体的には不眠と食欲減退という形を取って。
街は活気に溢れている。人が多いのだから当然だ。若い男女も、中年も年寄りも、子供もたくさんいる。見ているだけで、彼ら彼女らとすれ違うだけで、疲れる。そうであるにも関わらず、目を奪われる。きっと、こいつらが生気に溢れているからだ。わしにはないものだ。はっと我に返る。人間観察が目的ではない。占屋はどこぞ。目を凝らす。看板を見つける。看板は裏通りを示していた。案内の通り行くと、どんどん道が狭くなった。占屋は裏通りの最果てにあった。
暖簾をくぐると、誰も居ないようであった。
「座れ」とどこからかババアの枯れた声が聞こえた。
「え?」とわしは思わず言った。
「いいから座れ」
「はい」わしは返事してスリッパを脱いで、座敷に上がり、座布団に正座した。
座敷は人形で溢れかえっていた。正直気味が悪い。第一このババアはどうしてこちらに姿を見せてくれないんだ。
「何を占って欲しいんだい?」とババアは言った。
「あ、あの、あなたはどこに居るんですか?」わしは質問を無視して、疑問を投げた。
「おい、ふざけんじゃねえてめえおい。ここはあちきの店だ。だからあちきのやり方に従え。ん? おい、殺すぞ!」
「ごめんなさい」とわしは涙声で謝罪した。
「よおし、素直でいいじゃねえか。仕切り直すぜ」とババアは言って、すこぶるわざとらしい咳払い、ごほん。「何を占って欲しいんだい?」
「この先、どうやって生きてゆくのが正解か、わからなくて」とわしは言った。
「ふっ」というババアの鼻で笑う息遣いが聞こえた。「てめえのガキの頃の夢は?」
「ヒーローです」
「ヒーローってどんなヒーローだい?」
「悪を挫き、みんなを守る、そんなヒーローです」
「ふははっ」とババアは、今度は、はっきり、それも高く笑った。そこには明らかに侮蔑が含まれていた。「てめえみたいなもんが、ヒーローかよ。そんな純粋で可愛らしい夢を持ってた奴が、どうやったらこんな下らねえ人間に出来上るんだ」
わしは怒りのあまり、数多ある人形に殴り掛かろうとした。だが殴れなかった。よく見ると随分高価そうだったからだ。弁償額に怯えたのだ。しかし、わしにはまだ口が残っている。言い返すのだ!
「あなたにわしの何が分かるんですか。決めつけるような言い草しやがって!」とわしは怒鳴った。視線を彷徨わせながら怒鳴ると格好悪いので、とりあえず壁掛時計に向けて怒鳴った。時計の針は動いていなかった。
「分かるとも」とババアは案外静かに言った。「お前は12の歳に初めて女性に愛の告白をした。相手は同級生の女の子だ。けれども鼻毛が飛び出ているという理由で振られた。おまけにその件をクラスの全員に流布された。それ以来お前は勝手に女性不信に陥り、童貞と孤独の道を貫いている。他にも知ってるぜ、成人式では……」
「やめてくれ! もうわかったから、お願いしますやめてください」わしは壁掛時計に向かって土下座した。「あなた様の占いの能力は本物です。だからどうか、この下らないわしに人生の指針をお恵みくだされ」
「ふはははっ! このクソ臆病者がよ」とババアはとても楽しそうに笑った。「よおし、お前に決めたぜ。うぬぬぬぬ」
ババアは唸り出すと、妙な言葉(呪文であるとしか思えない)を羅列し始めた。すると人形たちの頭がぐるぐる回転し、ババアと一緒に呪文のハーモニーを奏でた。
わしは呆然とするより他になかった。内心ではとっとと逃げて家に帰りたかったが、腰が抜けて無理だった。呆然とするうちに、人形たちが次第次第、口から暗黒の煙を吐き出すようになった。暗黒の煙はわしの頭上に集合し、球体状にむくむく膨らんだ。何故だかその球体から目を逸らすことが出来ない。
「頃合いだな」とババアが言った。
「何が頃合いでなのですか!?」とわしは叫ぶ。
「この暗黒球は謂わば人間そのものだ。街の連中から毎日少しずつ抽出したのさ。善も悪も内包している。今からこれをお前の中に入れる。それは呪いになる」
「ど、どんな呪いなんですか!」
「女を落とせなきゃ死ぬ呪いだ」
「え?」とわしは言った。意味が分かりません。
「もっと厳密に言うと、あちきから逃げた五人の女たちを、お前の使い魔にして欲しいんだ。女どもが使い魔になることを了承したらお前は生き延びる、断られたら死ぬ、分かりやすいだろう?」
「そんなの無理ですよ! わしはまともに異性と交遊したことがないんですよ、嫌ですもうお家に帰ります」
「使い魔にする方法は簡単だ。どんなやり方でも良い、お前という存在を、あいつらに認めさせれば良いんだ。友人になる、恋人になる、屈服させる、何でも良い。うまく行けば、あんなことやこんなこともできるぞ」
それは、大変魅力的。しかしわしはそれでも拒絶した。だって、怖いから。わしは女と話すのが苦手なのだ。話したいけど、話せないのである。手に入れたいけど、手に入れられないのである。
ババアは「うるせえ! 黙って言う事聞け!」と喚いた。そうして暗黒球がぬるっとわしの心臓あたりから体の中に入って行った。とくに何も感じなかった。
「ふははははっ」とババアは楽しそうに笑った。「これでお前はあちきの言いなり、あちきのために働け! このむっつりスケベのゴミくずが!」
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