13話 科学と魔術が河川敷で交差する時

 場所を移して広々とした河原。稜々とした雰囲気が辺りに立ち込めている。


 先週はポカポカとした春の陽気といったところだったが、今日は心なしか過ぎ去った冬を思い出すように風が鋭い。


 やま子の扱う魔術の力、人払いのルーン魔術とやらによって付近には人っ子一人見当たらない。


 おまけにすず子のスーパー未来ガジェットの力によってマイクロ波で脳内に音を発生させサブリミナルメッセージで本能的に河原へ近づきたくなくなる心理効果を付近一キロメートルにばら撒いたのだそうだ。


 いやはや未来とは恐ろしい、と他人事のようなことをど真ん中の当人が考えていたりするのであった。


 やま子とすず子が互いに距離を取る。約二〇メートルほどだろうか。両者の視線が空中で見えない火花を散らし、火蓋は今まさに切って落とされる寸前であった。


「どうでしょう、解説の鷹司さん。やま子さんの今日のコンディションは?」


 急に実況の真似事をし始める陽馬。


「えっ、あっ、いいと思います。朝からおかわり三杯もしてたので元気だと思いますよ」


「なるほど。それは育ち盛りですね! 実力の程はいかがでしょうか?」


「えーっと、やま子ちゃんから聞いたところによりますと、ハル魔術正教の審問会に所属する武装信徒らしくて、日頃から任務として魔術戦闘を行ってきたそうです。


 鷹司家の五行(ごぎょう)虚空(こくう)刻印術(こくいんじゅつ)と、やま子ちゃんの時代には鷹司の魔術が聖書として収められた魔術正典があるらしいのですが、


 そのページを複写して切り取って、小さく携帯可能にした状態から術式の復元、通称、正典紙(せいてんし)剣(けん)と呼ばれる投擲剣を使って戦います」


「なるほど、後半は何を言っているのかイマイチ分かりませんが物凄くカッコ良さそうな雰囲気だけはひしひしと伝わってきます! それでは対戦相手すず子の方はいかがでしょうか? 解説の新名さん、よろしくお願いします!」


「あっ、ワタシも⁉ えーっとその、鈴木さんに前にいくつか見せてもらったことがあるんだけど、超小型化された荷電粒子砲とか使うと思います。


 えー荷電粒子、電子とか陽子とかを加速させて打ち出すっていう、まあ早い話がビームみたいなものだね。


 一応は現代でも実現可能な技術なんだけど、鈴木さんが持ってるような小ささで持ち運び可能ってのは今の時代だと完全なオーバーテクノロジーだね」


「なるほど、ビームですか! 両者の手札がわかったところで、そろそろ試合開始の合図を送らせて頂きましょう! 


 やま子が勝つか、すず子が勝つか、科学と魔術が河川敷で交差する時、いま正に物語が始まろうとしています! 見合って、見合って……それでは始めッ!」


 開幕の一撃、噂の荷電粒子砲とやらが飛び出した。


 電撃の弾けるような異音と大風が吹くような轟音を響かせながら河川敷の芝生を焼き焦がし、たしかにビームとしか形容できない異様な極彩色の光線がやま子へ襲い掛かる。


 一歩間違えれば死ぬんじゃないのか? と陽馬は心配したが杞憂だった。やま子は手を妙な形にさせながら微動だにせず、顔面に命中していたはずのビームは逸れ、空中に逃げていく。


「馬(ま)口印(こういん)を切っていますね。旅の無事、厄除けの意がありますが、おそらく今は目の前の攻撃を厄と認め適用させたのだと思います。結びから下ろしまでかなり早かったので、序盤の打ち手として体に染みついた動きのようですね」


 桃花の何となく分かるような解説を聞きながら観戦をする。


 ちなみに鷹司の魔術は、【陰陽五行思想】と【ルーン魔術】を組み合わせ、銀を混ぜた鋼糸で【五大元素】のひとつ【虚空】に立体的な魔法陣を刻みつけ術式を発動する魔術だそうで、正式な術の名は五行(ごぎょう)虚空(こくう)刻印術(こくいんじゅつ)、三つの魔術体系を組み込んだため、通称:鼎(かなえ)の魔術と呼ばれているらしい。


 大本の魔術体系を木の幹として派生することの多い魔術だが、幹が三本もある鷹司の魔術は大変珍しいんですよ、と誇らしげに話す桃花がどこか後輩っぽくて可愛かった。


 やま子が馬口印とやらを解き、ポケットから取り出した何かをすず子に向かって投げる。矢のように読んでいくそれは空中で剣身の姿を現した。


 今のが正典紙剣と呼ばれる投擲剣だろう。


 すず子は出力を抑えた荷電粒子砲でそれを撃ち落とし、もう一度やま子に見舞うつもりで指先を向けたが、二〇メートルはあった距離が見る間に半分以下に減っていた、一瞬の出来事だった。


 やま子が数歩駆けただけで距離が詰まっていたのだ。爆発的な脚力は文字通り、やま子の足の裏で爆弾でも起爆したのかというほど河川敷の土を巻き上げ一直線に標的へ向かう。


 すず子は意に介さず砲撃を止めなかった。


 照準を顔から足元に変え、爆破の範囲で一帯を吹き飛ばすつもりだ。やま子は直撃を避け、すれ違うように身を翻してすず子の横合いに飛ぶと同時に、きりもみ回転して投擲剣で切り付ける。


 陽馬が目で追うことが出来たのはそこまでだ。砲撃が地面に当たり膨大な量の土煙が二人の姿を覆い隠した。


 それでもまだ切った張ったを続けているのが音で分かる。


 溶接工の火花が散るような音が土の煙幕の中から続き、煙が晴れた頃にはすず子の見た目が激変していた。


 右手にビームの剣、左手にビームの盾、頭部はいつの間にか相手の戦闘力を測れそうなスカウターを装着し、近未来的なデザインをした銀色の靴を履いている。


「が……ガンダムだッ!」


「あれは……荷電粒子を射出せず指定した範囲内に収めて剣とか盾にしてるんだと思うよ。頭のヘルメットと足のパーツは身体能力の拡張モジュールで、目からビームとか、空中を歩けたりとか、あとやっぱり足からもビームとか、そんなことも出来るんだってさ」


 未来の科学技術はビームに集約されているのだろうか。とは言っても、すず子の戦闘を見ていればその強みはよく分かった。


 目から足から剣から盾から絶え間なく幾本ものビームが直線、曲線、一点集中、多面分散と休む間もなく弾幕系シューティングゲームのように打ち出されている。


 戦闘は膠着状態に入りつつあった。


 懐に入りたいやま子と距離を取って打ち続けたいすず子。


 つかず離れずの中距離が伸びたり縮んだりしながら色とりどりのビームと空中に描かれる魔法陣がこの世の終わりのような閃光を迸らせ河川敷の地形を変えていく。


 地上で花火やってるみたいだな、とせっかくのスゴイ絵面なので動画でも撮ろうとスマホを取り出した陽馬が狼狽えた。


「まずいな、遅刻確定だ」


「えっ、いま何時?」


 陽馬が巳月にスマホの時計を見せればもう五分もないことが分かった。


「ええ~最悪なんだけど! わたしら今まで無遅刻無欠席なのに!」


 竜崎兄妹は意外にも健全な学業を送っているのだった。


「やますず! 中止だ中止! 放課後にでもやれ! 学校行くぞ!」


 やま子が「ここまでやらせといてアンタ何言ってんの!」と叫ぶが「お前らの小競り合いで俺の内申点が一点でも下がったら未来で超仕返ししてやるけどそれでもいいか⁉」と倍にして叫び返すのだった。

 

 結局や二人は渋々だが矛を収めた。


「やますずの力で遅刻しない方法ないか? やま子の超スピードでおんぶして貰うとか」


「……そのセットっぽい呼び方やめてよね! ちなみにおんぶは無理! アタシは魔力補正を敏捷性に割いてるから力はフツーの女子並みなわけ」


「なるほど、腕相撲なら俺に分があるわけね。すず子は何か方法ないか⁉」


「ワープが使える。校舎の屋上に瞬間移動先の地点登録をしてあるの、複数人だとちょっと転送に時間かかると思うけれど、竜崎くんたち二人だけなら時間内に送れると思う」


「ワープ⁉ マジか、まさかSFの代名詞を今から体験できるとは思わなかったぜ。よし、そんじゃ早いとこ全員送ってくれ」


「え、全員はちょっと、時間的にギリかも知れないわよ? とりあえず先に二人を――」


「いいから早く! 俺らだけ間に合って他が遅刻すんのは何かカワイソーだろ。喋ってないでいいからワープだワープ!」


「な、なんで⁉ 遅刻したくないんでしょ? 何で微妙に感情とか優先させてるの⁉」


「今のすず子に課されたオーダーは全員を遅刻せずワープさせることだ。急げ急げ!」


「だから何でなのよ!」と苛立ちで頭をかきながらも手元の謎端末でワープの準備をし始めるすず子。


「全員なるべく近づいて固まって! コンパクトになってる方が早く着くから」とのことで、おしくらまんじゅうでギュッと固まる六人は混沌を体現していた。


「ちょっと誰の手⁉ 陽馬でしょ! どこ触ってんの⁉」


「俺が触るわけねーだろ。むしろ触られてるわ! これ絶対、桃花ちゃんでしょ!」


「残念でした。見てくださいこの体勢、触りたくても触れないんです。私としたことがポジション取りを間違えてしまいましたよ。全くもって不覚ですね……」


「セクハラに関してちょっとプロ意識ありそうでムカつくなぁ……。じゃあこの手は……」


「あのっ、ごめん! ワタシだと思う。えっと、なにっていうか、どこに当たってる?」


「あ、新名先輩か。どこっていうかまぁナニなんですが……? え、先輩? なにしてます? なんか、ちょっとずつまさぐってません? カタチ確かめようとしてません⁉」


「いやいや、ほら、違う違う。こんな体勢だからね、動いちゃってんだよ、勝手にね」


「いやおかしいですって! そんな手首から先だけビュンビュン動かさんでしょ! ちょっ! すず子ォッ! はやくしろ! 俺のナニが作動しても知らんぞォッ!」


「今やってるでしょって! ……よし、転送始まるわよ!」


 一秒にも満たない僅かな時間だった。


 ジェットコースターで落ちる時のような浮遊感がやってきた後、周りの景色が三六〇度シアターのように動く。全身に走馬灯が走ればこんな感覚が生まれたかも知れない。


 だが、他にも言語化しようとする前に、呆気ないほど素早くいつの間にか学校の屋上に着いていたのだった。


 着いた途端に時間を確認する陽馬。


「よし。いける。これなら間に合うぞ。……走れば!」


 ダッと駆け出す六人。


 競走馬のような横並びで階段を降り、廊下をひた走り、どうにかこうにか無遅刻無欠席は守られたのだった。


 遅刻ギリギリで走る生徒は目立つ。


 その生徒が元からよく目立っている陽馬であればいやが上にも話題にのぼる。


 男一人に女が五人の異様な組み合わせでは噂の広まりは止めようがなく波及していくものだった。


 その日の昼休みに太平がやって来てこう言った。


「噂になってるよ。ついに陽馬がハーレムを作り始めたってさ」


「ついにって何だよ。俺にそんな予兆があったみたいに言うな」


 そうは言っても陽馬とて自分の所業が誰にでもよくある状況だとは思っていない。


 悪目立ちは良くないことだし、それに朝の慌ただしい一件には少し懲りた。自分が焚きつけた結果の遅刻すれすれだったとしてもだ。


 この日を機に、鷹司一派と新名一派にはルールが敷かれることになった。その日に誰が陽馬と過ごすのか、という主導権を争わず日ごとに決めたターン制度を守る。


 競り合った末のつぶし合いで共倒れは本末転倒だと両陣営は納得し、代わり番こで進めることになったのだった。


「なあ太平。例えばさ、女が男を取り合いしてて、男の方は身が持たんから一日ごとに順番を決めてやってくれ、と言い出したらどう思う?」


「そうだねぇ。どこかの王様でもない限りは許されざる所業だろうね」


「違いないな」と頷いて返す。


 未来で王様やってるなら、まあギリギリセーフかな、と自分に判定の甘い陽馬であった。

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