5話 通いなれた道場に水着

「待たんかーいっ! こわやこわやじゃねーぞ! ジブリのじじぃみたいなセリフ吐きやがって!」


 校門で呼び止められた。

 小型犬ほど吠え癖があるそうだが、山田を見ているとそういう感覚に陥る。


「……。何か用か?」


「白々しいやつねぇ~。どうせウキウキしながらやって来たくせに」


「なんで学校から帰るだけでウキウキすんだよ。むしろ俺は学校好きなほうだぜ」


「はぁ? なんの話を……。もしかしてアンタ、下駄箱って開けてない?」


「あー、開けないな」


 聞こえよがしな舌打ちが飛んでくる。


 鈴木も鈴木だが、山田も大概だなと陽馬は思った。どうしてこう個性の強い二人が同じ日、同じ学校、同じクラスに転入してくるのだろうか。


 そのくせ名前はジェーン・スミスばりに無個性だ。むしろ現代においては際立っている。極めつけはどうして自分に絡むのか、実のところ陽馬は少し混乱していた。


 高校生にしては小柄な、金髪でツリ目のツインテールの少女が陽馬のことを睨みつける。眉根を寄せたその表情ですら、外見に多分にあるあどけなさのせいで恐さはない。


「じゃあさ、このあと時間ある? ちょっと付き合って欲しいんだけど」


 なぜ? どこに? なにをするの?


 陽馬の頭の中をいくつもの疑問が埋め尽くす。


 訳が分からないのでとりあえず「ごっ、5W1Hで説明しろ」と言ってみたのだが「ごだぶぅ? なぁに意味わかんないこと言ってんの?」と取り合ってくれなかった。


「別にそんな警戒しなくても変なことなんてしないからさぁ。アンタに紹介したい女の子がいるだけ」


 なに? と陽馬が一瞬だけ興味を示す。


「めっちゃ可愛いよ?」


「……マジ?」


「マジのガチ」


 マジな上にガチと来たものか。

 健全なる男子高校生の一人として陽馬も浮足立たずにはいられない。


「いや、待った。山田……。まさかお前これハニートラップじゃないだろうな?」


「マジのガチのプリプリのエロエロだから安心しなよぉ~!」


「~~~~~~~~~ッ……! まぁ、見るだけ見てみよう」


 屈してしまった、こんな怪しい話に。


 初対面の女から女を紹介すると言われ信じてついていってしまうのが男のサガというものなのか。半信半疑とわくわくとバツの悪さをない交ぜにして付いていくことを決めたのだった。


「じゃあついて来てね~」


 言うが早いか、躊躇わずにサっと駆け出す山田。


「おい、走ってくのか? 後ろ乗っていいよ。俺が漕ぐから」


 ママチャリの荷台を手でトントンして示したが、山田はどこか挑発的に笑うだけだった。


「……まあ、いいならいいけど」


 すぐ近くなのだろうか。


 近いのであれば尚のこと走らずに歩けば良い気がするが、目的地がどこなのか聞こうとしてペダルを強く踏み込んだ。


 自転車が徒歩へ追いつこうとしてスピードを上げた、その事実にふと気付く。漕げども漕げども追いつかない、むしろ離されるばかり。


 しまいには陽馬が立ち漕ぎの、それも目一杯で山田を追いかけているのだ。


 先を行く山田はどう見ても小走りにしか見えないというのに。


 金のツインテールが手招きするように揺れ、その後ろ姿めがけて自転車が追いすがる。そんな奇妙な光景が繰り広げられていた。


 無我夢中で漕ぐうちに随分と自分の家が近くなってきていることに気付く。陽馬が日常的に往復するような通りから小道へ入り、右、左、右と曲がる。このルートは昨日にも通ったばかりだ。


「……何で、ここ?」


 肩を上下させて荒れた息を整える。住宅街のうねる小道を抜けた先、ぱっと視界が開けたかと思えば、目の前には木造の大きな門扉が行き止まりのように広がっている。


 昨日も稽古に通った『鷹司たかつかさ流古武術』の道場だ。


「おっそいな~。自転車のってるくせにそんなにハァハァ言っちゃってぇ」


 悪戯っぽい顔で言う山田は息ひとつ乱さずニヤニヤしていた。


「おまえが……早すぎ、るんだよ。……あぁ疲れた」


「雑魚だねぇ、ほら~行くよ」


「ちょっと待てって」と呼吸の合間にどうにか答えながらついていく。


「山田、おまえってここ通ってんの?」


「通ってないよ。住んでる」


「……どういう意味?」


「ま、後で説明するって、追々ね!」


 小学四年生からこの道場の弟子をやっている陽馬だが山田の姿なんぞ見た記憶がない。


 ここの出入りは陽馬のような門下生が数名と鷹司家の人間くらいだ。


 師匠とその奥さん、それに娘が一人いて母屋で何度か顔を見たことはあるが金髪でもなければツインテールでもない。


 門を抜けた中の敷地はミニチュアの神社のようになっている。


 入ってすぐ目の前に鳥居があり、玉砂利が敷かれた参道がある。


 突き当りは手水舎、左に曲がれば道場で右は鷹司家の暮らす母屋と、小さな社務所がある。拝殿はないため、ぐるりと見渡せばこの神社はどこにお参りすればいんだろう? という気分になる景観だ。


 山田が左に曲がった。紹介したい子とやらは道場に居るらしい。陽馬のそわそわする気持ちとは裏腹に山田はずんずん進んでいく。


 道場の中に入り、靴棚にスニーカーを置く時、端のほうに草履がちょこんと置かれているのを見つけた。


 先客、その例の子の物だろう。いつもはもっと引き締まった心持ちでここに入り、道場の床、無垢材の杉の床を踏んでいるはずだが、足裏に床が触れた瞬間の冷たさなど感じる暇はなかった。


 なぜなら、入口をくぐってすぐに見えてきた光景に気を取られてしまったからだ。


 電気が消されている薄暗い道場の中に、人型の白い輪郭が浮かんでいる。


 人の肌の白さだ。


 一瞬、裸の女の子が立っているのかと思ったが、よく見れば白いビキニの水着を着ているようだ。肌の白さと水着の生地の白さとで、肌と布の境界線が曖昧だった。


 なぜ道場に水着の女が……。

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