Day.9『ぷかぷか』
「まぁ、冬の国ってほんと大変なのですね」
「そうですね。慣れてしまえばなんてことないのですけれど。今回のような大雪だと、機械人間だとしても手も足も出ませんね」
「よかったですわね、流星群に間に合って」
「えぇ、本当に。冬では晴れること自体が珍しいですから」
ふふっ、と目の前で微笑んだのは、秋の国から乗車してきた若い貴婦人。紅葉柄の着物がよく似合い、足元には大きなトランク鞄を一つ置いている。夏の国の天文学者に嫁いだ妹の一家と一緒に、今回の流星群を見るのだとか。
「そうそう、流星群といえば、これは世に出回っていないことなのですが」
「お聞きしましょう」
彼女は手にした扇子で口元を隠し、内緒話をするようにそっと耳打ちする。
「今回、もしかしたら彗星も訪れるかもしれないのですって」
「……ほぅ?」
それは、昔二日連続でやってきた『ジョヴァンニ』と『ベアトリーチェ』と呼ばれる彗星のことだろうか。
「あら……」
詳しく聞こうとしたとき、ふと、貴婦人が窓の外に目をやった。そっちの方に視線をやると、夏の国の、教会のような趣のある駅舎が見えてきたところだった。
「着いたようですね」
「そのようですね」
「相席ありがとう。とても楽しいお話が聞けて、嬉しかったわ」
「いえいえ、こちらこそ」
駅舎を出た途端、夏の国特有の強い日差しに目を細めた。見上げると眩しい太陽が、ぎらりと青空の中心で光っている。
この駅舎は、そのまま砂浜へ出ることができる。コンクリートの床を歩いて、砂浜へ踏み入ると、さくっと軽い音を立てて足が沈んだ。
砂浜の向こう、静かな美しい海原が広がっていた。白い海鳥がすぐ近くを飛び、ふわりと海へ舞い降り、そのままぷかぷかと浮かんでいる。
ここから右へ向かえば繁華街、左へ向かえば静かな浜辺に出る。ここで大半の乗客たちは右へ進むのだけれど、ミカエラは迷いなく左へ進む。夏の国に滞在するとき、いつも世話になっている宿屋がこの先にあるのだ。
宿屋の主人、セイルには何日か前に手紙を出して、流星群の期間に向かうから部屋の予約を頼んでいた。けれど、数日前の大雪のせいで、そのチェックインの日は、予約した日から二日も過ぎていたのだった。
「ふふっ、セイルのやつ、怒ってるかな」
口に出してみるものの、案外セイルは沸点が高く、滅多に怒らない。それよりも怒ってそうなもう一人の顔が脳裏に浮かぶ。
「……怒ってるのはあちらの方ですかねぇ」
夏の海面を束ねたような長い髪に、ひまわりをぎゅっと詰め込んだような大きな瞳が、不機嫌そうに細められる様が、ありありと目に浮かぶ。まるで拗ねた猫みたいに、ツンとそっぽを向かれそうだ。
「ミカ~~ッ!」
元気な声にドッと背中を押される。そんな勢いで走ってくるのは、人魚のセラだ。躑躅色のツインテールが猫の尻尾のようにぴょこぴょこと跳ねている。
「これはこれは一層元気な……いつものパターンになりそうですね」
やれやれ、と肩をすくめる。夏の国に来ると、たいてい真っ先にセラが走ってやってきて、勝負を挑まれるのだ。
セラは目の前で急ブレーキをかけて止まると、ビシッと指を眉間に突きつけてくる。
「やっと来ましたね~! 遅いですッ! このセラを待たせるとはどういう了見ですか?」
「そんなこと言われましても。大雪で家を出れなかったんです。文句なら冬の国の気まぐれな雪雲に言ってくださいよ。私は関係ありませんので」
「そんなことど〜でもいいです! さっさと勝負しなさいっ! 今日は負けませんよ〜!」
冬の国では軽く運動していたとはいえ、閉じこもっていた体を動かすにはちょうどいい機会だ。
荷物の入ったトランクを砂浜の隅に置いてから、腰に取り付けた二つのホルスターから二つの拳銃を取り出した。
「相変わらず、人の言うことをきちんと聞かない耳の持ち主ですねぇ。いいでしょう、今回も返り討ちにして差し上げます。かかってきなさい」
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