全員に愛される世界で、たった一人の「いいえ」が僕を壊した。

knml

第一章:彼女は「選ばないで」と言った

 教室の空気が、重い。


 いや、違う。

 空気は静かで、清潔で、まるで誰かが何もかも磨き上げたような完璧さを保っていた。机の配置も、窓のカーテンも、埃一つ落ちていない黒板の表面も。


 ただ、一つだけ場違いなものがある。


 それは——彼女。


 教室の奥、窓際の席に座る少女が、こちらを見つめていた。


 長い黒髪。制服のリボンは結ばれておらず、胸元に名札もない。他の女子生徒たちにある、柔らかな光のフィルターも存在しない。

 ——まるで、この場所だけが「ゲームの演出」から取り残されているようだった。


「君が来るとは思わなかった。」


 彼女が口を開いた瞬間、世界が一瞬だけチカついた。照明が微かに揺れ、天井のスピーカーから音のないコマンドが聞こえた気がした。


 俺は何も言わず、扉を閉めて教室に入る。


 足音だけが、異様に大きく響く。


「みんな、君を好きになるよ。

先生も、クラスメイトも、知らない子までも。君の一言で、全てが好転する。」


 少女は机に肘をつき、頬杖をついたまま続けた。


「でも私は違う。私は、。」


 その言葉が、まるで刃のように胸を裂いた。


 理由は分からない。

 怒りでも、寂しさでもなく、ただ——現実を突きつけられたような感覚。


「それでも、君は私を選ぶ?」


 少女は静かに問う。

 けれど、その目は試しているわけでも、拒んでいるわけでもなかった。ただ、どこか深い湖の底みたいに——疲れていた。


「……選ばない。」


 俺は、そう答えていた。

 言葉が、自然に出た。思考を挟まなかった。


「……?」


 少女の瞳が、一瞬だけ揺れる。


「俺は、選ばない。ただ……」


 俺は近づき、彼女の隣の席にゆっくり腰を下ろす。


「話を、聞かせてほしい。」


 その瞬間、教室の窓の外が音もなく崩れ始めた。グラフィックの解像度が落ち、空がピクセル単位でバラバラになっていく。


 UIが、消える。


 ステータスバーも、好感度ゲージも、すべてが——無効化された。


 少女は小さく息を吐いた。


「……そう。そう言ってくれる人、初めて。」


 教室の中に残るのは、俺と彼女だけ。

 名前のない空間。物語の


 彼女は、まっすぐ俺を見て言った。


「君は、私を好きになる。でも私は……その瞬間、壊れてしまうの。」

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