第25話 一輪の花
王都の大門を中心にぐるりと並ぶ壁。壁の下には凶暴化した魔物たちがすでに攻めてきていた。
──大惨事。
言うなれば酷い光景がそこに広がっていた。
「クソっ……なんだってんだよこいつらは!」
「現存の魔物の姿じゃねえ」
犠牲者はいまだに出てはいない。それなのに騎士たちの士気がゴリゴリと削られていった。
「た、戦えねぇ……」
弱音を吐く騎士たちは内臓を剥き出しにしている魔物と戦っていたのだ。他にも脳を剥き出しにしている個体もいれば何体もの魔物が合体した個体も見られた。
そんなグロテスクな魔物たちがこの酷い光景を生み出していたのだ。
「ブジュジュル……」
泡を吹いた様な鳴き声に騎士は一人、二人と門の中へ消えていく。
「おい逃げるな! 金もらってんだろ!」
誰かが叫ぶ。ただ誰も立ち止まらなかった。
異形な魔物はどんどんと森から姿を見せる。
「おいおいこれはなんの冗談だ……聖騎士団はまだ来ないのか? あんな呪われたような魔物を討伐するのは聖騎士団だけだってのに!」
「くそ……このままじゃ……!」
前線を維持していた騎士たちはついに陣形が崩れると、異形な魔物が次々に門へぶつかり始める。
魔力麻痺で耐久力が極度に落ちている門は今にでも突破されそうになる。
「く、くそっ! 撤退だ!」
どうしようもないと判断した騎士たちは引き上げようとするが退避する門はすでに異形な魔物が占拠していた。
「し、しまった!」
退避する門に敵。森からはウジのように湧いてくる敵。このままでは数の減らない敵に体力を減らされやがて死ぬ。
「魔力麻痺さえならなければこんなことには……」
愚痴を吐き捨てる騎士は黒い空を見上げた。
するとそこに浮かぶ一つの白い光があった。ふよふよと浮かぶ光はどうやら人の形をしているようだった。
「やっと来やがった!」
「聖騎士団だ!」
誰かが希望を含んだ声色でそう叫ぶ。
「皆さんお待たせして申し訳ありません。後は……」
ソリス率いる聖騎士団が次々に空へ集結する。
「聖騎士団団長、ソリス・アグライアが盾となります」
ソリスは天に聖剣を掲げてそう宣言する。
「それでは一撃失礼します」
遠くから次々にやってくる異形な魔物を横目に彼女は魔力を独り占めにし始める。集う魔力は剣に集約する。
キラリと剣先が輝く。そして彼女は逆手に聖剣を構えた。
「そ、ソリス団長……それはやり過ぎかと思われますが──」
クルガのそんな忠告を無視して彼女は垂直に落下した。
「──
聖剣が地面へ衝突すると光が弾けた。それが波動円形状に伝播する。
地面が突き上げられたかのように衝撃が加わると砂の粒子が舞い上がった。異形な魔物たちも同様に塵と化して空へ舞い上がる。
「正義を扶け、悪は祓う……」
ソリスは剣を突き刺したままそう呟く。
周りには何も残らなかった。
「や、やはり聖女……絶大だ!」
騎士たちは強大な力を前に言葉が溢れる。
周囲の敵を一掃したところで聖騎士たちは地面に降り立つ。
「我々が来るまでよく繋いだ。後は聖騎士団に任せてほしい」
クルガは倒れている騎士に手を差し伸べた。
「すまねえ。本来俺たち騎士の役目だが……情けねえ」
「我々にも相性がある。騎士団に苦手なものは聖騎士団が、聖騎士団に苦手なものは騎士団が。ここは我々が防衛させてもらう。騎士団は民たちの安全を任せた」
「分かった」
騎士が仲間に合図を送ると一斉に門へ引いていった。
ソリスはその様子をぼうっと見ていた。
「あっ、私の仕事……だっけ?」
「いいのですよ。ソリス団長は敵の掃討に専念してください」
独り言を聞かれていたようで彼女はわかりやすく動揺する。
「あっ……おっほん。な、何でもありませんよ〜あははは」
聖剣を突き刺したまま両手を合わせる。乾いた笑いでなんとか誤魔化し真剣な表情に戻す。
「まだまだ来ますね」
「そのようです」
すぐに切り替える彼女ら。
目を光らせ、次の獲物を探そうとする異形な魔物たち。聖騎士団たちはその姿を見ても心を乱さず冷静な振る舞いを見せる。
「あれは寄生生物に侵された魔物たちですね。ソリス団長の力で元に戻せはしますが、溢れる血や臓物までは元に戻せませんね」
「正気に戻す方が生態系に影響を与えずに済んだのですが……。まあいいでしょう。彼らに次があれば幸せに生きてほしいです」
ソリスは胸の前で剣を構え魔力を放出する。
フワフワとオレンジの長い髪が靡く。光の円が彼女を包むと徐々に大きくなる。
クルガや他の聖騎士も彼女と同様に剣を構えると剣が輝き出した。
「──
光の螺旋がソリスを覆い瞳が輝く。
「ご加護、感謝します」
「皆さん油断しないように。相手は寄生された魔物です。私の加護はあまり万能ではないので無理は禁物です」
ソリスはここから一歩も動かず聖騎士たちに加護を与え続けている。
「相変わらず凄まじい力だ。謙虚におっしゃられたが、彼らが私たちに触れれば一溜まりもないだろう……」
「ギャッ……!?」
寄生された魔物は聖女の加護に圧倒され後退を始めた。
「前任の聖女に比べると規格外。存在しているだけでこうも影響を与えるとは……」
霧は相変わらず濃ゆいが聖女の加護もあり視界の良し悪しは関係ない。
「クルガさん……行かないのですか?」
「正直な話、ソリス団長の存在が凄すぎて私たちの出番がないと言うか……」
「えっ……?」
「立っているだけで防衛ができてしまいます……」
「ええっ……!?」
「しかし寄生系統の魔物は非常に厄介です。逃がす前に殲滅いたします。聖騎士団が森に入ることをお許しになればすぐにでも」
ソリスはシュンと落ち込んで言いたいことを全て堪えて飲み込んだ。
「許可します。日が昇るまでに必ず帰ってきてください」
現在は夕方頃。半日とかなり長い時間を設けたが
すなわちほぼ永遠なのだ。
「それでは失礼します」
クルガは青白い剣を一払いすると濃い霧の森へ消えた。その後に続いて聖騎士たちは魔物を斬り捨てながら確実に仕留めていく。
しばらくすると大門の前にはソリスだけになってしまった。
ぽつんと残された彼女は表情を変えずにじっと前を見ていた。すると段々と視線が下がっていき最終的には地面を見ていた。
そこには迷子になったのか一匹のはぐれアリが地面を這っていた。
ソリスは今にでも泣きそうな表情でしゃがむ。
「うわぁぁぁあん。みんな置いていっちゃったよぉ〜」
やはり泣いてしまった。聖女はただのアリに泣きつく。
「みんな強くて私の出番がないよお〜。うえぇぇぇえん。寂しいよぉ〜」
アリは可哀想な聖女の姿を見て同情したのか触覚を元気に動かす。
「え……一人じゃないって?」
アリは自分よりも大きな存在に驚いているだけだ。孤独なソリスの心はこの瞬間、アリよりも小さく軟弱であった。
しばらくしてアリに飽きたのか彼女は尻をつき、足を抱いて身体を左右に動かす。
その様子はまるで庭に植えられた一輪の花のようだった。
ソリスはその花になったつもりでみんなの帰りを待つことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます