birthday

しま

第1話

女性は痛みに強いらしい。

「大丈夫、痛いね、痛いね。」若い助産師が美穂の腰を必死にさすっている。下半身の酷い痛みが身体を支配しているはずなのに、不思議と点滴の刺さる左腕の僅かな痛みも感じている。

痛い、とにかく痛い。「いたい!いたい!」と、どこか遠くで大きな声がするような気がしていたが、それは自分の声だと美穂は気が付き、歯を食いしばった。

「女性って男より痛みに強いらしいよー。」

先日、リビングのソファでだらしなく寝ていた夫が言っていた。本当にそうなのだろうか。耐えるしかないものだから耐えているが、正直投げ出したい、痛い、そしてつらい。

「もう、やめたい、むり、むり」つい、美穂の口から弱音が飛び出す。助産師は黙って美穂の腰を強くさすりつづけている。その首筋にはじんわりと汗が滲んでいた。

「相田さん、移動しますよ。」

陣痛と陣痛の間で、部屋を移動する。なんだか夢を見ているようだ、悪夢だ。「いたぁい!」他の部屋から、知らない女性の叫び声がする。色んな思考が脳を支配する中、どうにか分娩台にあがり、助産師や医者の声に合わせて美穂は腹に力を入れる。

どうしようも無く、痛い。

女性は痛みに強いらしい。それは命を生み出すからなのかもしれない。愛する命をこの手に抱いた瞬間、全てを愛で包み込むことができるからなのかもしれない。

会陰切開もなかったため、ずるりと落ちる感覚がリアルに感じられる。ああ、おわった。終わってしまった。何もかも、終わってしまったのだ。


「相田さん、」


医者にも、助産師にも、華やかな笑顔はない。ただ、美穂は酷い痛みから解放されたのだ。なのに、痛みが無くなった今、美穂は嗚咽を吐いて、止まらぬ涙を流していた。

銀のトレーにのせられた小さな命は、産声をあげることも無く、横たわっている。


「心臓が…止まっているね。」

先日、主治医にそう言われた時、人生で一番の絶望を感じた。身体の真に冷たい水が落ちていくような嫌な感じだ。これから起こりうることに、悲しみという感情しか伴わない現実が、美穂の心を貫いた。

「促進剤を使って陣痛を起こしてね、普通の出産と同じように、胎児を出します。」

美穂は自分が「そうですか」と落ち着いて答えたのを、まるで第三者のような心持ちで感じていた。

産んでも、会えない命。それを私は、産み落とす。

女性は痛みに強いらしい。

女性は痛みに、強いのだろうか?

女性は弱いのだ。ただ、耐えることができるというだけで。弱く、細く、耐えている。


「一緒に、寝ますか?」


休憩室に移動した美穂に、助産師が声をかけた。手には小さな命が抱かれている。美穂は小さく頷いた。大きな服を着せられた赤子は美穂の横に小さく納まった。

助産師がでていくのを確認して、美穂は身体を起こすと、恐る恐る赤子を膝にのせる。小さく、細く、柔らかい、女の子だった。

「あ、ありがと、ねぇ」声になったようで、ほとんどならなかった有難うが、涙となって赤子に落ちていく。分娩室から、元気な産声が聞こえてくる。なんて残酷なんだろうか。なんて悲しい出来事なんだろうか。

朝日がのぼり、窓から光が落ちた。決して泣かない赤子の顔がじんわりと太陽に照らされ、まるで寝ているようだ。


ごめんね、ごめんね、愛してるよ、ごめんね、大好きだよ、ありがとう、ごめんね、大好きだよ、ありがとうね、抱きしめたかったよ、会いたかったよ、お誕生日おめでとう、わたしの愛しい子


美穂は止まらぬ涙を流しながら、気がつけば赤子をあやすように揺れていた。

体の痛みなど、もうすっかり忘れていた。



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