第5話:死地に向かう覚悟はあるか

「映像は以上だ」


「な、なんだよこれは……」


 赤髪の兵士が震える声で呟く。


「推測するに、恐らくは観測兵スポッターにも魔物の攻撃が――」


「そこじゃねぇよ!! なんであいつは……あいつは手を止めたんだよ!?」


 この場に居る皆が皆、思っていた事であった。絶好の機会なのにも関わらず、魔装兵——ガフはその手を止めてしまった。その理由が分からなかったのだ。


「理由は不明だ」


「あいつが、あの野郎がしくじったから魔物を取り逃したってことじゃねぇか!!」


「……結果的には、そうなるな」


 その声を聴いた瞬間、ユーリは皮膚が粟立つのを感じた。恐らくは彼だけではなく、他の魔装兵の面々も同じであろう。空気が張り詰め、凝縮されたような感覚が会議室を覆ったのだ。


―——肝心なところで魔装兵が失敗し、そして部隊が壊滅した。


 先の映像を見た誰もがそう思うであろう。しかし、しくじった当の本人は既に死亡している。なれば、怒りの矛先が誰に向かうのかは分かり切ったことだ。


 針のむしろとはまさにこの事なのであろう。何十という怒りのこもった視線を、意思を、魔装兵たちは一身に浴びていた。お前らのせいで我々は同士を失ったのだという、怨嗟えんさの声が聞こえるかのようであった。


「———よしたまえ。彼らには非は無い」


 しかし、りんひびく声により、その張り詰めた空気は霧散する。東部司令官:ユエル・バーミンガムがここに来て初めて、声を上げたのだ。


「私はなにも、彼らをさらし上げるつもりでこの場に呼んだわけではない。……だよな、アシュリー副官?」


 ユエル司令官は含みのある視線をアシュリー副官に向ける。


「……コホン。その通りです」


 咳ばらいをすると、アシュリー副官は話を続ける。


「この映像だけを見ると、魔装兵がしくじっ――職務を放棄したように見えるが、状況を整理し判断するとそれは考えにくい。この映像に映っている魔装兵——ガフは、直前の任務にて核蝕かくしょくの称号を得ている。少なくとも一度は、コアに触れた経験がある――」


「それが何の意味があるって言うんだよ! 肝心な時にビビっただけかもしれねぇじゃねぇか!!」


「少し五月蠅うるさいな、コーネリア拳闘兵けんとうへい。また謹慎処分を受けたいのか? 円滑に話を進めるためにも、少し黙っていただきたいのだが」


「むぐっ」


 赤髪の兵士の名はコーネリアというらしい。この口ぶりからすると、激情家なのは以前からで、そして度々問題を引き起こしていたようだ。未だに何か言いたそうな顔をしていたが、隣に座っている栗色髪の兵士になだめられ抑えたようだ。


「……外野が静かになったところで、話を続けよう。ガフ魔装兵はこの直前の任務にて核蝕かくしょくの称号を得ている。ブランクがあるならまだしも、直前の任務で――だ。職業障害イップスになるにはあまりに早急過ぎる。それに、彼の訓練・戦闘記録を確認し分析するに、あのような場面においてあのような行動をとることは、やはりどう考えても不自然だと言わざるを得ない」


 アシュリー副官はことのほか正確に、ガフの行動原理を分析していた。彼はお調子者である。それゆえに、勇み足になりやすい。それは彼との付き合いが長いユーリもよく理解していた。二人でよく笑い合ったものである。『お前が死ぬときはきっと、功を焦って無謀に突っ込んじまった時だろうぜ』と。


 彼は前回の討伐任務にて核蝕かくしょくの称号を得た。そして、続いての任務にてまた同じ機会に恵まれたのだ。喜びいさんでその手を伸ばす事はあろうとも、止める事は決してないと断言出来た。少なくともユーリはそう信じた。


 しかし、げんに彼はその手を止めた。そして、まるで助けを求めるかのように観測兵スポッターを見たのである。これの意味することはつまり―――。


「推測するに、観測兵スポッターの提示した場所に予想外イレギュラーな出来事が発生していたと考えるのが自然だ。もしくは、あるはずコアが無く、手の打ちようが無かったのか。私としては、前者の説を推したいがな」


「………」


 会議室を沈黙が覆う。ただでさえ驚異的な戦闘能力を持ち予測もつかない行動を起こす魔物である。そこに加えてさらに、弱点たるコアにすら可能性が高いと示唆しさされたのだ。


「映像はここで終わっているが、話はまだ続く。ここから先は生き残った隊員たちの証言を元に、整理したものを提示する。先にも伝えた通り、今回の討伐任務にて安否不明者が3名出ている。射撃兵:セラフ・オーバン、剣闘兵:リッカ・ザルツェン…そして、部隊長:セシリア・ガーデンホルグだ。この3名が安否不明となった過程について説明しよう。まず一人目のセラフ射撃兵だが、映像にも残っていた通りかなりの重傷を負っている。しかし、あの時点では息はまだあったそうだ。それを事もあろうに――」


 そう言うとアシュリー副官は一度言葉を切る。忌々しいと言わんばかりの表情をして。


「魔物はその触腕しょくわんでもって拘束し、地面に叩きつけてさらに痛めつけたらしい」


 ユーリの脳裏にとある映像が浮かぶ。前世のテレビで見た、地面にタコを叩きつけしめる漁師の映像だ。こうすることで身が柔らかくなると、その漁師は笑って答えていた。幼心に恐ろしい光景だと記憶していた。


「もちろん、周囲の隊員たちがそれを黙って見過ごすはずがない。止めに入ったのだが……健闘けんとうむなしく返り討ちに合ったそうだ。そしてその際に、剣闘士リッカが重傷を負った。そして魔物ヤツは触腕でもってリッカ剣闘士をも拘束し、そのまま連れ去ったのだという。部隊長セシリアはその後を追ったらしい。生き残りの隊員たちに、支部に戻って報告するように指示を残してな。……これが事の顛末てんまつだ」


「……」


 沈黙が続く。皆が皆、言葉を失っていた。近年まれにみる程の大惨事。それも、惨事である。戦いの果てに殺され、喰い散らかされるのはまだ分かる。魔物とはそういった存在だし、ケダモノ相手だったら喰われるのもやむ無しだろう。しかし、。この魔物は、普通の魔物ではない。何とも異質な、得体の知れない不気味さを感じさせるのだ。


 言いようもない不安感が沈黙と共に広がっていくのを、ユーリは肌で感じた。

 

 しかし、その沈黙を破ったのはユエル司令官であった。


「さて諸君。事の重大さは理解できたかな? 長話に付き合ってもらって済まないがね、今回の件については慎重に動かざるを得ないと判断しての処置だ。悪く思わないでくれたまえ」


 伊達だてに司令官を任されてはいない。彼女ユエルはこんな状況下でも落ち着いていた。いやむしろ、能天気にすら見えた。そう見せているだけなのかもしれないが、どちらにしろ胆力が凄まじい事には違いない。


「聞いての通り、今回の魔物は異質だ。それに凶悪と来ている。討伐にはかなりの労力を必要とするだろう。ゆえに、今回の魔物をと認定し、前線の兵士全てを動員し討伐する事とする」


「全兵力…!?」「本気という訳ね……」


 部隊をまたいでの合同任務など、それも全兵力を投入するなど、異例中の異例の出来事だ。基本的に魔物一体に対して一隊であり、それ以上は過剰戦力になると見なされていた。その通例を無視して、全戦力をこの特殊個体に投入すると言っているのである。それほどまでに深刻な状況であると、司令部は判断したのだ。


すで斥候せっこうから、魔物の潜んでいる場所の目星がついたとの報告を受けている。そう遠くはない場所らしい」


「おお……」


「あとは私が指示を出すだけとなるが……ここで一つ問題が生じる」


 そう言うとユエル司令官はある一方向を見る。ユーリら魔装兵の面々が座る、端の席へと。


「我ら女性兵士の士気は十分であろう。魔物まもの風情ふぜいにここまで虚仮コケにされておいて、黙ったままというのは女がすたるからな。しかし、魔装兵の諸君らは違うだろう? むしろ、気が気ではないに違いない。なにせ、此度こたびの特殊個体は明確に君たちを狙ってきているのだからな」


……死者17名。そのほとんどが魔装兵である。まるで羽虫を潰すかのごとく執拗しつように、彼らは駆除くじょされていた。明確な意思悪意の元に。


「あまり考えたくない事ではあるが、この特殊個体は魔装兵——男性諸君らを脅威と認識しているらしい。要するに、我らがいくら戦力を投入しても、君らが狙われることは避けられない。——何を言いたいかは分かるね?」


 言われなくても分かっていた。此度の討伐任務、


「君たちの事は我らが守ろう。しかし悲しいかな、我らも万能の神ではない。いずれほころびが生じる事は否定できない。悲劇が起きる事は避けられないと、私は考えている」


 ユエル長官はまっすぐとこちらを見て、淡々とそう告げる。


「だがしかし、それでも私は命じなければならない。君たち魔装兵に、討伐作戦に参加しろと。……君たちがいなければ、魔物を討伐できないのだから」


 ユーリはここにきてようやく、この会議に魔装兵も召集された理由を理解した。なぜ司令官が出席する重要な会議に、末端たる魔装兵が呼ばれたのか。


―—すべてはこの事実を伝えるためであったのだ


「———その命、我らに預けてはもらえないだろうか」


 ユエル長官のその言葉はズシンと重く、臓腑ぞうふかるように響いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る